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「私のような旅の者にそんな歌を聴かせて、もし私がよからぬ野望を抱く国の先触れだったらどうします ? 」
するとまた軽い笑いが起こって、好々爺然としたひとりが言った。
「わしらの目は節穴ではないよ、お若い旅のひと。わしら全員、歴とした戦士だからね」
「戦……士 ? 」
「そうだよ。わしらは剣も斧も槍も弓も使えるし、馬にも乗れる。陣の組み方、建て直し方も知っとる。老いも若いも、女子供にいたるまで、国中の人間が戦士で、戦のときには陛下とそのご家族をお守りするのさ。-----しかし、なあ旅のひと、戦はあるよりない方がいいに決まっとる。そうじゃないかね? 」
「もちろんです」
リュウは大きく頷いて答えた。この国の平和がわかるような気がした。
それからは、リュウも遠慮なく馬鹿騒ぎに加わって、面白噺に打ち興じ、たらふく食べて気持ちよく呑んだ。そうしながら、だれも彼の素性を尋ねたり、心の裡に踏み込んで来たりしないことが嬉しかった。
長逗留ができないことはわかっていた。リュウには永遠に終わらぬ使命がある。またじきに重い腰を上げ、迷える国や人々のあいだを渡ってゆかねばならない。しかし、せめてこの一夜------か、二夜------は、ただの人間リュウ・サエキでいたかった。
そんなわけで、“陽気なダリウス王亭”を出て皆と別れ、宿に戻るあいだも、彼は気分良く酔っていたし、与太噺を思い出して忍び笑いさえ洩らしていたのである。
「魔法使いさま」
背後から不意に呼びかけて来た、その声を聞くまでは。
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