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夢見る乙女の夜
温かいベッドに潜り込み、どれくらい経っただろうか。今日はどういうわけだか、なかなか寝付けなかった。
早く寝て、明日も早く起きないとお父様に叱られるのに、なぜか目が冴えてしまっていた。寝返りを打って掛布を抱える。どうにも収まりが悪い。
たまに、決まりごとの多いこの家にいることが嫌になる。あれをしてはならない、これはしなくてはいけない、そんなことを逐一覚えて貴族らしい振る舞いをすることに、きっと私は疲れているんだと思う。だから、そう振る舞わなくてはならない朝が来て欲しくなくて眠れないのだろう。
眠気が全く来ないままに、掛布を抱えてじっとする。そうしていると、なんだか屋敷の中が騒がしいような気がした。
なにがあったのだろう。そう不思議に思う間もなく、それは現れた。
「あら、お嬢さん。お邪魔するわね」
そう扉を開けて入ってきたのは、丈の短いドレスを身に纏い、顔の上半分を覆う金属製の猫の仮面を着けた女の人だった。
その姿を見るのははじめてだったけれども、噂には聞いている。彼女は、貴族や富裕層の家に盗みに入っては悪事を暴く、怪盗だ。
「ミス・ゲシュタルト……?」
私が起き上がってそう呟くと、彼女は扉の方をちらりと見てこう言った。
「あらご名答。
ところでお嬢さん、私、この屋敷からうまく抜け出したいの。そこの窓から外に出していただけないかしら?」
「この窓から?」
「そう、そこから。大人しく出してくれれば、あなたにはなにもしないわ」
あくまでも穏やかに話し掛けてくる彼女に、私は思わずこう言った。
「ここから出してあげる代わりに、私もつれて行って!」
「あなたを?」
ミス・ゲシュタルトは驚いたような声を出す。
「なぜ連れ出して欲しいのか、教えてくれないかしら?」
宥めるようなその言葉に、私はベッドから降りて返す。
「私、もう貴族の生活なんて嫌なんです。自由な庶民に混じって生活したいんです」
それを聞いて、ミス・ゲシュタルトは溜息をつく。どうやら考えているようだ。しかし、その間にも騒ぎ声が近づいてくる。
彼女はまた扉に一瞥をくれて、私を持ち上げ、その腕に抱え込んだ。
「ちょっと私にも余裕が無いから、その条件を飲みましょう」
そういって、窓を開けて外へと飛び出す。私の部屋は二階にあるのでこのまま飛び出して大丈夫かと不安になったけれども、ミス・ゲシュタルトは私を抱えたまま難なく着地し、敷地内を走りぬけ、塀を跳び越えていった。
ミス・ゲシュタルトはしばらく走り続けた。おそらく、この辺りは貴族が暮らす区画だから、一刻も早くここから抜けないと追っ手が来るのだろう。
走りながら彼女が言う。
「お嬢さん、庶民になりたいというのは良いけれど、本当に庶民になるのかは、彼らの生活を少しでも知ってからの方がいいわ。
だから、今晩は街の案内をしてあげる」
その言葉に気持ちが昂ぶる。ミス・ゲシュタルトはきっと、私が庶民に紛れて暮らすことを手助けしてくれるのだと、そう思った。
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