語りたいだけ

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 汐見教授と椎名がデキている、というのが専らの噂だった。それを教えてくれたのは学部内の友人、荒木カイだった。彼との付き合いももう5年になるのか、と思うとなんだか虚しくなった。時間の経つのも早くなったものだ。 「虚しい」という名の感情は近々よく自分を虜にする様だった。哀愁漂う彼女のことが好きだと気付いたからかもしれないーー椎名柚月とは高校からの付き合いだったわけだから。 こちらを心配そうに見てくる、荒木の顔を覗き込んでみる。彼の気持ちが知りたかった。そうすれば、いつか椎名の考えることも少しわかるかもしれない(十分可能だろう、別に「全てを理解しよう」と望んだわけでもないのだし)  何より、今は話せる様な気分でも、状態でもない。考えたいのだ。椎名を思ってみたいのだ。 荒木は、「ふん」というような表情を見せ、「まあ、あんたがそうならそれで良いんじゃないの」と言った。信用されている様で、少し胸が暖かくなった。無口な自分には、荒木の様な友人が大変ありがたかった。まあ、そもそも知人や友人が殆どいないというのも理由としてあるのだろうが。とにかく、重宝した。 探る様な視線をやるから、「助かる」と感情を込めていうと、荒木は笑ったのだった。荒木は、学部内でもモテる方で、「隠れファンクラブ」もあるらしく(まあ、最近は大分浮上することも増えた様で、「隠れ」とは言わないかもしれないが)、自分もそのおかげでこの良くも悪くもない地位を保てている、とも言えよう。みな、彼女の歯に衣は着せないが優しげな口調とその健康的な容姿、そしてこちらに嫌な思いはさせない豪快な笑い声に惹かれる様だ。しかし、私は違った。「この子だ」と初めて会った時直感した。いわゆる「一目惚れ」とかいうやつか…嘘はついていない。確かに荒木の知性に惹かれたのだ。椎名の時とは違う、友人になってみたいという気持ちが湧き上がったことを今でもよく覚えている(自分はいつも、沸々と湧き上がる直感や自分の感覚を一番信じているのだ) 高校を卒業した後、進学を考えていなかった自分はすぐ東京の実家ーー大通りに面した寂れたマンションの一室に帰った。「進学を考えていなかった」というか、それまで将来や進路に関わらず、しっかりと物事を考えたことがなく、そうするきっかけもなかったのだ。親も先生も、「考えておきなさい」というばかりで特に興味も関心もないようだったし、自分自身考える必要性も感じなかった。そのまま幾らかの時間がずるずると引きずっていたら春になってしまった。仕方がない、考える時間がなかったのだから。しょうがない、夢もヴィジョンも力も持たない者は、いや持てないものはーーどうやったって弱いのだ。鍵をぐるっと回して分厚い扉を開けると、母がそこで腰を抜かして座り込んでいた。大丈夫…ではないな。
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