語りたいだけ

3/3
前へ
/3ページ
次へ
「大丈夫か?」と声をかけると右手に握った3つ折りの紙を無言で差し出された。気丈な母が腰を抜かすほどのもの、と少し心配になった。脅迫状とかだろうか。 でも、こんな普通の家にそんなもの送って得しようと考える人間がいるとも思えないし、本当になんだろうと本当に不思議に思った。  覚悟を決めて開くと、それは「合格通知書」だった。それも、○大の。 その○大というのが、全身が明治時代に創設された有名私立高校で、最近業績を伸ばしてきている大学なのだ。倍率は3桁とも4桁とも言われ、卒業生には若くして大成した著名な学者や画家がいる。卒業と同時に海外の有名大学に研究員として引き抜かれた生徒は、5年後のいま立派な教授として素晴らしい発明や研究を続けている。何より素晴らしいのがその施設で、、と語り始めれば尽きないくらいの名門となりつつある。  本当に驚いた、というか我が目を疑った。母が「私に黙って受験したの」と聞いてきたから、「スマホで簡単に応募できる、っていうのを友人に勧められたからダメ元でやってみたの」と返した。「スマホで簡単に受けられる」というのは、今年から導入された制度で、履歴書の様な特殊なフォームを埋め、簡単なテストを受けるだけの内容だ。正直、あの内容でどんな判断をして合格になったのかわからないが、とりあえず4月から行くところが決まって本当によかったと思う。  荒木と出会ったのは、受験の合格通達が来て1週間ほど経って開かれた説明会でだった。説明会だってネット上でやれば良いのに、と思いながら母の代わりに出席した。母は平日フルタイムで仕事をしているのだ。 もう大学生になろうというのに、受付に行くまで緊張した。本人らしき人が半分、親同伴が半分といったところだろうか。自分も母と来れば良かったかなと一瞬思ったが取り消した。そんなことはない。そんなことはない。  ぶんぶん首を振り回していると、「林檎、元気?」と知らぬ人に肩を叩かれた。知らぬ男の声だった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加