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「それではよろしくお願いします」
僕が白田和昭さんに挨拶をして頭を下げると、
「こちらこそよろしくお願いします」
と白田さんも頭を下げた。
「でもまた、どうして無名の私に声をかけてくださったんですか?」
「それは、純粋にあなたの演奏が私に刺さったからですよ。4年前にサニーサイドミュージックスタジアムに応募なさったときの音源を聴いてからずっとお会いしたいと思っていました」
「じゃあ、あのときの1人の審査員って……」
白田さんは目を輝かせるが、僕にはピンときていない。
「いや、実は落選したときにディレクターの伊藤さんから電話があって、そのときに言われたんですよ。1人の審査員が私をとても強く推していて、かなり惜しいところまでいっていたって」
「そうなんですか?」
僕は思わず訊き返した。
「これだけの腕があるんだからきっとまだまだチャンスがあるから頑張って欲しいっても言われたんです」
「そんなことが……」
確かに落選者にエントリーシート返却を希望するかどうかの確認の電話は伊藤さんと手分けして行っていた。でもそのときにそんなやりとりをしていたとは……。
「恥ずかしながら……」
僕は照れを隠しながらそう答え、スタジオの扉を開けた。そこにはカメラマン、照明、音響のスタッフ、ADなどがごった返している。他にもグルメリポーターで全国に名を馳せているグルメリポーターの佐藤快や急上昇中の若手女優・中富彩音などといった多くの役者が集まっていた。今日は地方発の2時間ドラマ「ファースト・トレイン」の撮影初日。入局してから4年半の僕が初めてディレクターを任せてもらえる番組だ。
「ええとすみません。皆様にご紹介したい方がいます」
僕の声とともに、スタジオ内の皆が振り向いた。
「今日は、この番組のテーマソングを歌ってくださるこの街出身のシンガーソングライター・白田和昭さんです!」
僕がそう紹介すると、スタジオ内全員から大きな拍手が沸き起こった。
【終】
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