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休憩が終わって会議室に再び入るとほぼ同時に、皆が続々と席につき始めた。全員が出そろったことを確認した伊藤さんは正面にあるホワイトボードに1本横線を引き、ボードを上下2分割にした。
「ではこれから審査を始めます。じゃあ1番から20番」
「12番は?」
「入れるとしたら『下』だと思います」
高槻デスクの問いかけに、伊藤さんが答える。
「一応押さえで『下』に入れておこうか」
平プロデューサーの一声で、場の空気が決まった。
「わかりました。では『下』に」
伊藤さんの手で12番の数字がボードの下半分の欄に刻まれる。12番はギター弾き語りの男性デュオだ。僕自身はこの2人の透き通るような声に惹きつけられ、A−の評価をつけていた。
「他はなしだね」
「私もなしです」
「じゃあ21番から40番に行きましょう」
皆の意見を確認したあと伊藤さんはそう告げた。このたった90秒の間で19のグループがあっという間に「落選」した。審査のスピーディーさに呆気に取られる間も無く、手元の資料がパラパラとめくられる音が響く。
「26番はどうですか?」
中西チーフが声を上げた。僕は26番のエントリーシートに目をやる。奇抜な髪色のバンドだ。派手な演奏こそしているがドラムのリズムに粗があるし、ギターの演奏も平凡だ。バンド名はピンクイングリッシュというふざけた名前。僕はB-評価を下していた。
「派手なパフォーマンスですから、カメラ的には映えると思うんですよね。ビジュアルバンド枠としてこれは『上』でどうかと」
映像化を考えて審査するのは、いかにも元カメラマンの中西チーフらしい考え方だ。
「確かに。ほかにこういう派手なパフォーマンスをするバンドはなさそうですね。私は『上』でいいと思います」
「いいんじゃないか?」
伊藤さんの発言に近藤副部長が同調した。伊藤さんは他の人たちが頷くのを見届けると、上段に26の数字を書き込んでいく。下段のグループがまだ保留段階なのに対して、上段に数字が書かれればそのグループはほぼ「当確」だ。僕は少し釈然としない想いを抱えながらも伊藤さんの後ろ姿を眺めていた。
「他はどうですか?」
伊藤さんの仕切りのもとで、審査はどんどん進んでいく。
「33番はとりあえず下はどう?中学生が一丁前にクラシックギター奏でてたら絵的に面白いだろ」
「うーん……下ならまぁアリですね」
「47番はどうだ?ほら、美人だし」
「マル美枠か。演奏も聴けるからな。上だな」
「51番はどうですか?」
「下だね。オヤジバンド枠としてアリかもしれないけど、他にいいのがあったらそっちでいいかな」
「66番は?」
「高校生枠か。アリだね」
「でも79番も高校生ユニットですよ?」
「弾き語りのデュオだよな?だったら66のバンドの方が絵的に映えると思うから、そっちだな」
こうしてあっという間に90組近くがふるい落とされ、エントリー番号100番以降の審査へと移る。
「107番は?キーボードの弾き語りって他にいないだろ?」
「確かにそうですね。それにキーボードひとつの演奏ですがら、舞台転換もしやすいかもしれませんね。下にとりあえず入れておきましょう」
平プロデューサーの意見に伊藤さんが同調した。確かにピアノの弾き語りのグループは他にはなかったかもしれないが、じゃあ演奏がものすごく良かったか?と訊かれたら僕の中では手放しで素晴らしいとは言えない。どうも演奏の良し悪しとは違った部分で決まっていることが多い気がして、徐々に僕は違和感を覚え始めた。
「ほか、120番まででありませんか?」
「あの!」
僕はゆっくりと手をあげる。
「おっ?滝口。言ってみろ」
「114番はどうですか?曲もしっかりしていますし、ギターもかなりの技術を持っていると思いますけど……」
114番が割り振られていたのは戸田健一という名のギタリスト。紡がれるメロディーは心地よく、クライマックスの部分で奏でられる正確な16分音符の連なりはどこか切なさと懐かしさを醸し出している。もともとギターを演奏していた身からすれば、かなり高い技術があるのだろうとは容易に推察できる。僕は戸田健一にA評価をつけていた。
「滝口からこういう意見がありますけど、どうですか?」
伊藤が尋ねると、まず最初に声を上げたのは中西チーフだった。
「インストはカメラ割り難しいからなぁ……」
中西チーフの言葉にほかの方々が皆首を縦に振った。カメラ割りとは、収録や生放送で複数のカメラを用いた場合に、どの角度からどういったサイズで、どう言った順番で撮影するかを決める割り当てのことだ。
「弾き語りだったらまだいいんだけど、歌なしのギター1本だったらナシだなぁ……」
「ですが、技術面で言ったら彼は頭1つ抜けてますよ」
僕は伊藤さんに食い下がるが、伊藤さんは首を横に振った。
「B'xの松葉さんぐらいの圧倒的な技術力があれば話は別だろうけど、インストで映像を3分持たせるのは正直、厳しい」
伊藤さんがそう斬り捨て、僕は力なく頷いた。例えばバンドの場合、ドラムを叩く映像やベースギターをかき鳴らす手元、キーボードの指さばきなど、ボーカルが歌う姿以外にも撮影できる要素が沢山ある。曲調に合わせてカメラワークやステージ演出をふんだんに盛り込んで「大きな+補正」をかけることができるのだ。一方、インストでは撮れる材料がバンドのそれより圧倒的に少なく補正がかけづらい。新人の僕でもこのくらいのことは想像がついた。そして僕はそれに対する解決策を持ち合わせていなかった。
「では次、121番以降ありますか?」
伊藤さんがそう告げると、皆が再びエントリーシートと向き合い始めた。
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