選考会

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選考会

 168組目の音源がギターで最後の和音を奏でた瞬間、僕は評価シートにBの文字を書き込んだ。1曲4分以内という縛りがあるとはいえ全部の音源を聴くだけで合計10時間以上もの長丁場。僕は凝り固まった体をほぐすべくゆっくりと肩を回した。会議室にいる他の部署の人たちもかなり疲れているようで、首を回したり背伸びをしたりしている。 「以上で168組全部です。皆さんお疲れ様でした。では一旦10分の休憩をとらせて頂きますので、その間にそれぞれの考えをまとめておいて頂きたく思います」  先輩ディレクターの伊藤さんがそう告げると、会議室に居た人達はそれぞれ思うがままに会議室を出て行った。 「おう、滝口」 「あ、伊藤さん。お疲れ様です」  僕は伊藤さんに頭を下げる。 「こういうコンテストの選考会を見るのは入社して初めてだろ?」 「はい。やっぱりこういうコンテストって応募者全員の分をちゃんと全部聴いてるんですね」  裏方の審査とはいえ、生まれて初めて「審査員」となった僕は興奮を抑えられない。僕・滝口隆はこのサニーサイドテレビに入社して半年のAD。今回、僕は入社6年目の先輩ディレクターである伊藤浩康さんから誘われて、今年の秋に生放送になるアマチュア参加型の音楽番組「サニーサイドミュージックスタジアム」の出場者選考会へと参加させてもらっている。ドラマの主題歌やCMのテーマソングなどを数多く手がけている葉山昌夫さんや国民的音楽番組の「ミュージックカントリー」のプロデューサーである石崎真也さんなどが審査員として参加を表明しており、優勝者には賞金のほか「ミュージックカントリー」への出演権が与えられる。今回この一次審査会に参加しているのは伊藤さんのほかに制作デスクの高槻さん、チーフエンジニアの中西さん、編成部副部長の近藤さん、そしてプロデューサーの平さんだ。職種の壁を超えて集まったそうそうたるメンバーで、駆け出しの僕は正直、気後れする。 「いい番組を作ろうとしたら選考委員全員に1回は曲を聴いてもらうのも、エントリーシートを少なくとも全通目を通してから審査に入るのも当たり前だ」 「168通分にもなると、本当に分厚い資料になりますね」 「ビックリするだろ?あの厚さ」  伊藤さんがそう笑う。ホチキスで止めようとしたけれどもうまくいかずに、結局全員分ダブルクリップで留めるところを伊藤さんは見ていたらしい。 「ピアノとギターをやってたお前の経験がきっと力になると思ってな。あえて審査員の一人として呼ぶことにしたんだ。頼んだぞ」 「でも、あれだけの人達の中で僕なんかが意見を言ってもいいものなんですか?」  僕の問いかけに対して伊藤さんは首を横に振る。 「確かに上の人たちは沢山いるが、それでも番組演出の責任者は俺だから。それに、上には前もって俺からちゃんと話は通してある。だからガンガン意見を出せ」  伊藤さんはそう言って僕の肩をパンと叩いた。昨日の昼1時から始まり、時刻はすでに夕方の4時半。ここからが正念場だ、と僕は自分に言い聞かせた。
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