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朝、ホテルを出てハバナのビーチに向かった。朝焼けの海、空は黄色から赤にグラデーションが広がっていき、まるでテキーラサンライズのような色合いに見えた。波は穏やか、水面に反射した太陽が光の道を作っていた。
桃子は白い砂浜に座り、膝を抱えて座った。
「朝の海って気持ち良いね。ひんやりとした朝の空気って大好き」
「深呼吸したくなるよね」と、春美も言って息を深く吸い込んだ。
「うん」桃子はそう言い、水平線から登る朝日を見つめた。ビーチには観光客が数人、聞こえるのは波の音と穏やかな息遣いだけ。「あのね、昔ね」
「うん?」
「昔、ある映画を見たの。馬鹿っぽくて、ナンセンスな海外のコメディーなんだけど。バーのシーンで主人公がこう言うの。性転換した悪役の女の人に」
「何て?」
「熱帯魚にソードテイルっていう種類がいるのね。ひらひらと揺れる長い尾鰭が奇麗な、ワインレッドの熱帯魚。この魚は性転換が出来るの。自分の意思で、性別を決められるの」
「うん」
「主人公は彼女に言うの。“人間もそうやって生まれてこれたら良かったのにね”って」
水平線と空の境が揺らいでいる。太陽がトパーズのように輝いている。
「私も、その熱帯魚に生まれて来れたら良かったのにな」
桃子は春美に振り向くと、砂浜から立ち上がった。
「ホテルに戻ろうか。お腹、空いてない?」
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