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【あの夜】
それは月が煌々と輝く夜だった。
かつて雨のように世界中に降り注いだ核爆弾の雨は降りやみ、放射能の雲も数ヶ月前に晴れ渡った。
少女はもう、自分がどれくらい街を彷徨ってきたのかすら思い出せなかった。
気付いたときには、誰もいない、建物の多くが無残に崩れ去った街の中央に、何も持たずに独りで立っていたのだ。
そう。何も持たずに。
少女には記憶さえなかった。
覚えているのは、たったひとつだけ。
✴︎
【少女の唯一の記憶/???年前】
人通りの多い、華やかな街を歩いている自分。
私は独り。
その街は東京だ。
すれ違う人の多くがお洒落をしている日常の風景。
私は思わず笑顔をこぼす。
そこに突如、耳をつんざくサイレンの音が響いた。
街中で、甲高い警報音が鳴り続けた。
誰も彼もが戸惑い、そこを動けなかった。
誰も【核爆弾が降ってくる】とは気付かなかった。
核爆弾は、容赦なく炸裂した。
誰も、逃げられなかった。
✴︎
記憶はそこで途切れる。
✴︎
少女はその記憶だけをもって、気付いたら街の真ん中に立っていたのだった。
その街が、荒廃した東京だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
月に照らされたスカイツリーが見えたからだ。
スカイツリーは途中で無残に折れ、上部は消失していた。焼け落ちたのか、消し飛んだのかは分からなかった。
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