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今思えば、少年がこれほど落ち着いていることを不審視すべきだったと、少女は後悔することになった。
少年と少女は高架下で、2人が並んで座る形をとって話をしていた。
少年は足を伸ばし、少女は体操座りをした。
「君の名前を、教えてくれないかな」
少年が訊いた。
「思い出せない」
少女が答えた。
覚えている記憶の中に、自分自身の名はなかった。
「記憶喪失?」
「そうみたい」
「………………嫌なら答えなくていいんだけど、君、家族はどこに?」
「…知らない」
少女は自然と無愛想になってしまう。
といっても他に、答えられる内容もない。
「きっと死んだのよ。たしか、核爆弾が降ったんでしょ?」
「そうだよ」少年は頷いた。
「そのことは覚えているの?」
「ううん」少女は首を振る。
「ただ『この街には核爆弾が降ったらしい』ということだけ。それ以外は、分からない」
そうか。
少年は言葉を漏らした。それは少女への相槌というよりは、悲しみが珠になって溢れたような言葉だった。
「それなら僕が、今の世界を説明するよ」
少年は、しばらく言葉を探した後で、そう言った。
言葉のひとつひとつは、高架に響いて消えていく。
少年の話し方は、残響が無くなるのを確かめてから話すようだった。
少年はそうしてゆっくりと、少女に説明をした。
少年、曰く。
✴︎
【少年による、1年前の話】
少女の唯一の記憶。
それは日本が体験した、3度目の核攻撃だった。
今から数えると、ちょうど1年ほど前。
仕掛けたのはアメリカだった。
近年の日米情勢は悪化の一途を辿り、アメリカが先手とピリオドを、同時に打ちにきたのだ。
標的都市は五箇所。
第二次世界大戦の時とは桁違いの破壊力により、日本は完全に機能を停止した。それどころかほぼ完全に、日本は滅亡したと言ってよかった。
少年が核攻撃の日以来【動いているもの】を見たのは、崩れるビル以外では少女が初めてだった。
その後の1年は、ドミノ倒しのごとく早かった。
報復。報復、報復、報復に次ぐ報復。
世界には核爆弾が雨のように降った。
そこらへんの雨とは違う。
長い梅雨くらいのあいだその雨は降り続き、その結果、人類はほぼ、滅亡した。
きっとどこかに生き残っている人はいるだろうが、もう既に致命的な被曝をしているに違いなかった。
シェルターの中で息を潜めている人もいるだろうが、彼らが蓄えた食糧はおそらく、すぐに底をつくと思われた。
出てくることも不可能だ。
なぜなら、この地上は今、人間なら一瞬で死ぬような放射能に覆われている。
シェルターから顔を出せば、その瞬間にお陀仏だ。
人類はこの1年で事実上、地上から姿を消した。
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