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【あの夜】
話が終わって、少女は呆れてしまった。
核爆弾が雨のように降って人類滅亡?
放射能で人間は瞬間的に死ぬ?
「私は不死にでもなったのかしら?」
「さぁね」
少年は薄ら笑いを浮かべた。
少女は、少年のその微笑に納得がいかなかった。
その表情の中に、小さな嘲りに似たものを感じたからだ。
そう。たとえばクイズの出題者が、参加者の誤答を笑ってはぐらかすような。
「どうしてそんな言い方をするの?」
「何でもないよ。ただ少し面白かっただけだ」
「何が?」
「君のさっきの言葉が……ね」
ほら。
少女は思った。
この少年はやっぱり、私が『不死にでもなったのかしら』と言ったことを笑っている。
「あなた、私のことを知ってるの?」
少女は単刀直入に訊く。
「私のことを、知っているの?」
「………知っているよ」
少年は単純明快に答えた。
「君が何者なのか。【不死】なのか、もしくは別の何かなのか。僕は知っている」
少女は息を飲んだ。
少女はずっと探し求めてきたのだ。
自分が何者なのか。
自分がどんな過去を持っていたのか。
そういう類のことを。
「教えて」
「それは出来ない」
「教えて」
「それは出来ない」
「教えてよ」
「それは出来ないんだ」
「ねえ」
「だめだ」
「………ねえ」
少女は呪詛のように訊いた。
だが、少年は折れなかった。
決してここで、真実を話すべきではないと思っていたからだ。
ここで少女に真実を伝えるのは難しくない。
でもそれはあまりに道理に反することのように、少年には思えた。
「……どうしたの?」
「どうしたら、私のことを教えてくれる?」
少女も諦めていなかった。
「そうだなぁ……」
少年は呟く。
「僕と旅をしよう」
「旅?」
そうだ。少年は月を見上げた。
月は次なる行き場を見つけたかのように、次第に地平線に向かっていた。
「旅をして、その終着点で、君のことを話す」
「なぜ?」
「そうするのが1番良いと僕が思ったから。そしてそれ以外は良くないと、僕が思ったから」
「旅をして終着点に行けば、私の記憶や過去を教えてくれるの?」
「君が思い出したいなら、ね」
「思い出したいわ。記憶がないんだもの」
「なら旅をしよう」
彼はすいと立ち上がった。
少女を見下ろす。決して、手を差し伸べることはしなかった。
少女も自ら立ち上がる。
「でも、ひとつだけルールがある」少年は言った。
「なに?」
「僕に触れないでくれ」
少年の瞳が、濁りのない色で揺れている。
少女はいつか見たような、海のことを想った。
「なぜ?」
「そうするのは良くないと、僕が思ったから」
「………分かったわ」
少女は戸惑いながらも頷いた。
触れられるのが嫌いなのだろうか、と思った。
さっき手と手が当たってしまった時は何も言わなかったのに。
「あなたの名前は?」
少女は、気を取り直して訊いた。
「【終末】」
彼は、小さな声で答えた。
旅は、こうして始まった。
『あの夜』は、こうして明けた。
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