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終わらない旅
【現在】
「私ね、死のうと思ったことがあるの」
少女は沈黙を破って言った。
夜の闇に包まれた廃墟の中では、焚き火に照らされた互いの表情しか見えない。
終末は火を絶やさぬよういじりながら、目だけで少女を伺った。
「でも死ねなかったんでしょ?」
「ええ。怖くてね」
「あぁ、そういうこと?」
「どういうこと?」
「………いや、何でもないよ」
終末は取り繕うように言った。
何か食い違う部分でもあったのだろうか。
「でも1度だけ、私は手首を切ったのよ」
終末の瞳孔が、少しだけ開いた。「いつ?」
「『あの夜』の前夜。あなたに会う前に」
「死ねた?」
「死ねてたらここにいないわ」
そう、少女は死ねなかった。
落ちていた金属片で、少女は手首を縦に切り裂いた。血はもちろん激しく吹き出した。
しかし、少女は死ぬどころか、意識を失うことさえしなかった。
「私、本当に不死なのかもね」
少女は悲観的に笑ってみせた。
不死など見かけ倒しだ。外見は素晴らしく見えるが、実際はくだらないもの。
「いや」終末は火から顔を上げた。
「不死なんて人間、この世にはいない」
いつになく、諦めに満ちた表情だった。
終末はいつも感情を露にしない。少女を頼もしく導いてはくれるが、友と呼ぶには遠すぎた。
「それなら私、やっぱり不死とは別の何かなのね」
「まだ、それが知りたい?」
「もちろんよ」
少女は迷いなく答える。
「それが思い出したかったから、自殺は諦めたの」
過去を思い出したい。
どんな家族と住んでいたのか。
どこに生まれたのか。
名前は何というのか。
知りたいことは多かった。自殺未遂のあと、それらを思い出すまではやっぱり死ねない、と少女は決意した。
「辛い過去かもしれない」終末は言った。
「【知らぬが仏】とも人間は言っていた」
「そうだとしても、構わないわ」
終末は少女の眼を見た。
そして、きっとどうやっても、少女を説き伏せることは出来ないのだろうと悟った。
「たとえどれだけ辛くても、それが思い出というものだもの。生きてきた証を持ってさえいれば、それがどんなに辛い思い出でも構わないものよ」
「……そうか」
終末は肩を落とした。
少女はそんな終末に、ふと訊いた。
「どうしてあなたは、私のことを知ってるの?」
少女が前々から思っていたことだった。
終末と自分に、どんな関係があったのだろう。
終末は迷いながら、言葉を探した。
焚き火がたてる音だけが、唯一世界に響いている。
「……僕たちは似たもの同士だからだ」
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