椿柄のがま口財布

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椿柄のがま口財布

「ハァ…」  築50年の殺風景なアパートの一室に思いの外大きなため息が響き渡る。何度ため息をついても、何度中を見ても、薄汚れた椿柄のがま口財布に入った小銭がお札に変わることはなかった。  中学二年生の夏に不慮の事故で両親を亡くした私は、中学卒業後からずっと一人で生きていた。アルバイトで必死に生計を立て、なんとか両親とともに過ごしたこのアパートでの生活を送れていたのだ。  楽しみはアルバイト先の店長が無料で作ってくれる賄いのラーメンだけ、そんな小さな幸せを噛み締める日々。しかし、今の私はその最低限度の生活さえ行うことができなくなっていた。  一昨日、アルバイト帰りに道端で泥酔した女性を介抱した時に長財布を掏られ持ち金がすべてなくなった。 「なくなっちゃったものは仕方がない、働こう。」 と真っ赤に腫れ上がった目を冷たいタオルで冷やし、翌日アルバイト先へ向かうと店長が自分探しの旅に出ると言い出し一ヶ月間放牧されてしまったのだ。  お金がないのに働けない、これが私の現在の状況である。 1日1日を生きていくのがやっとで貯金なんてできていない。店長が自分を見つけて戻ってくるまで約一ヶ月(本当に戻ってくるのかはわからないが)、賄いのラーメンという小さな幸せさえ失った私は母の形見のがま口財布にわずか残る数百円で一ヶ月間行き伸びるほかなった。
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