『灯台』

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『灯台』

 いつも同じ夢を見る。  真っ白い世界のなかで、私はひどい吐き気を催していた。  たぶん酔っていたんだと思う。酒によるものではなく、揺れによるもの——いわゆる船酔いだ。  でもおかしいのは、私は船にのっているわけではなくてただ歩いているのだ。海の上を。  そしてその海には色がない。潮風もなければ、それが海であるという感触もない。  ただそれは海なのだ。わずかに感じる波の揺れに私はひどく酔っている。  色のない海の上で波に揺られて歩いている。 『どこに向かっているの?』 『わからないわ。ただ歩いているの』  その世界に陸はない。たぶん目指すべきはそこではない。  歩いた道のりを振り返っても海。進むべき道も海。 『どうして海なんだろ』 『わからないわ。でもそれはどうでもいいの』 『真っ白い海なんて、ミルクに飛び込んでるみたいだ』  卵を溶いて、フライパンにのせて、パンケーキの完成さ。  彼は言った。些細な夢の話でも、彼は無邪気に聞いてくれる。  私は話を続けた。  ずっと歩いていると、ある法則に気が付いた。  私は同じ海を歩いている。歩いているというより、回っているのだ。  同じ箇所を何回も何回もぐるぐると廻っている。  そうしてへとへとになって疲れると、突然体が軽くなって宙を舞う。  海から切り離された私は、酔いが醒めるのと同じようにそこで夢は終わる。 『なるほどね〜 わかった気がするよ』 『わかるの?』  彼はにっこり笑うと翼を広げて言った。 『ほら、もうすぐ夜がくるよ』  それが答えだというように、彼は飛び立つ。 『そうね。眠る時間だわ』  またね、と彼はいう。またね、と私返す。  黄昏のような(くちばし)が夕陽を()いていく。読みっぱなしの絵本の影は仲間たちのもとへと消えていく。  彼女の夢はきっと『光』。  動けない彼女に代わって、夢が彼女を旅立たせてくれる。  ぐぉんぐぉんと夜を照らして黒い海を漂白する。  カモメの僕らの安息地。船乗りたちの道標。      
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