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「愛されている証拠じゃない? これでもう、勝手に行方を暗ますことはできないわね」
上半身を起こした安曇の下を縫って、ベッドを下りようとする。腕を掴まれて、無理矢理ベッドに引き戻された。ついでとばかりに、熱烈なキスをお見舞いされる。しまった。油断した。
「俺が出る」
安曇が満足したように頬を緩める。薄日が反射して、安曇の左耳に嵌められたピアスがきらりと光った。綺麗。思わずぼうっと見惚れる私を斜めに見下ろし、薄い唇が三日月形にしなる。ああ、幸せのかたちだ。左手の人差し指に嵌った三日月形の指輪を見つめて、心の底から思った。
「安曇。言い忘れていたことがあった」
ベッドの中でもぞもぞと身動ぎをして声をかけると、ドアへ爪先を向けた安曇が不思議そうに振り返った。
「おかえり、安曇」
「……ああ。ただいま」
メアリー・ポピンズのこうもり傘がなくても、魔法が使えなくても、笑うことが苦手な不器用な性格でも。私は主人公になれる。私だけの人生。主演女優は私以外にいない。
がちゃり、とドアノブが回される音がする。まろやかな日差しの中に溢れる、無数の声と表情。ああ。もうずいぶんと、孤独から遠いところに来てしまったのだと思った。
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