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「祭りなんて行ってないわよ。一緒に行く人もいないし」
「へえ? 彼氏いないんだ?」
「うっさいな! 質問しているのは私! さっきの子、彼女?」
「ああ」と男は呟いて、平手を受けた左頬を軽く撫でた。男の背後――――橋の向こうでは、不夜城のごとく連なる店々が毒々しい色のネオンを撒き散らし、男の頬どころか輪郭まで曖昧な色に染めている。
「彼女じゃないと思う。多分」
「多分ってなにそれ?」
今の若い子の恋愛ってそんなもん?
首を傾げたタイミングで、腹の虫が盛大に鳴いた。もちろん、餃子三人前と生中三杯を胃袋に収めたばかりの私ではない。
「……お腹空いてるの?」
「…………まあ」
ふいっと視線を逸らすのは、年頃っぽくてかわいいじゃないか。アルコールで思考回路の大半を溶かされた私は、ずいぶんと愉快な気分になっていた。だから魔が差したのだ。
「おねーさんとおいでよ、少年。夕飯をご馳走してあげよう」
さくさくと五歩の距離を詰めて、手にしていた傘を男の頭上に掲げる。毒々しく色づいたネオンの水溜りに、二人分の影が重なる。量産品の花柄の傘の上で、トン、タン、と雨粒が愉快に踊る音がする。更に気分をよくした私は、赤ら顔を盛大に緩めて笑った。
君は私を知らないだろうけど、私は君を知っている。ずっと、話しかけるきっかけが欲しかった。
ぽかん、と呆れたような男の顔を間近で拝んでから、通勤用のバックの中に折りたたみ傘を入れていることに気づいた。黒い折りたたみ傘を男の手に握らせ、くれぐれも大事なことをせいぜい神妙に言い聞かせる。
「今日は風が強いから、傘を折らないように気をつけてね」
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