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「えーと……材料、なにが残っていたかな」
がちゃがちゃと冷蔵庫を漁る私の後ろで、静かに椅子が引かれた音がした。
「今から作るの? 出前でいいよ」
「こんな時間に出前を呼びつけるのもかわいそうじゃない。そう時間は取らせないからさ。もう少し我慢してよ」
こんなに暑い夜は、自分だけならさっぱりと酢の物で終わらせてしまうが、腹を空かせたメンズ相手にそうはいかないだろう。なにか食べ応えがあるものを。合いびき肉のミンチに、人参、玉ねぎ、ピーマン。よしよし。これならキーマカレーが作れそう。
「待っている間にこれでもつまんでいて」
作り置きしていた夏野菜の煮びたしを勧めると、男は胡乱げな眼差しで皿の中を覗き込んだ。
「このきゅうりの出来損ないみたいなのってなに?」
「ズッキーニのことを言ってるの? まあまあ、好き嫌いせずにお食べよ」
男は左手で箸を持って、おそるおそるといった仕草でズッキーニの煮びたしを口に収めた。そのまま無言で茄子やパプリカ、オクラまで次々に口へ放りこんでいる。どうやら口に合ったらしい。
朝食の残りである蜆の味噌汁を温め直して、椀によそう。木っ端微塵にした野菜とミンチを炒めて水を加え、カレーのルーを加える。隠し味にトマトケチャップとウスターソースも少し。
冷凍していた白米を大皿に丸くよそい、上に具を盛りつけたらキーマカレーの出来上がりだ。所要時間は十五分程度。
「生卵入れる?」
カレーの匂いが充満したキッチンで振り返れば、夏野菜の煮びたしを完食した男が頷いた。慎重に卵を割り、黄身だけを中心に落とす。
「はい。どうぞ、召し上がれ」
目の前に並べられたキーマカレーと蜆の味噌汁を見渡して、男は困ったように眉を寄せた。屋根の下に入ったというのに、パーカーのフードをとる気はないらしい。男が首を傾げるのに合わせて、左の耳殻で黒い光が明滅する。
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