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「…………ニンニクくせえ」
「…………餃子食べた後だからね」
重く長い溜息が落ちる。気が削がれたらしい安曇が、音を立てて椅子に収まった。
顔面からテーブルにうち伏す。なんだかよくわからんが、キスされそうになったらしい。それをニンニクくさいがゆえに拒否されたと。
「……寝るわ」
「おい」
「寝る。呑みすぎたみたい。気持ち悪い。食べたらお皿は水につけといて。出て行く時は玄関を施錠して、鍵はポストに入れて帰って。あ、これタクシー代」
市のゆるキャラ・ゴロゴロ君のストラップがついた鍵と、五千円札をテーブルの上に置く。ふらふらとキッチンを去りゆく私を安曇が呼び止めた気もするが、聞いちゃいなかった。
キッチンと同じ一階にある自室「月の間」を開錠すると、ベッドに頭からダイブした。汗でくっついたロングシャツとスキニーパンツを脱ぎ捨て、熱気の籠る布団の上で丸くなる。かろうじて残っていた理性が、エアコンのタイマーと目覚まし時計をセットした。
翌朝、カーテンの隙間から零れる眩い日差しを見つめながら、私は昨夜の悪しき所業を走馬灯のように思い出していた。いっそ、このまま天に召されてもいいと思ったが、待てど暮らせど釈迦もキリストも降臨しない。タオルケットを蹴飛ばし、月の間を出ようとして自分が下着姿であることをやっと思い出した。散らばっていたロングシャツを慌てて身につけ、蹴破らんばかりの勢いで住処を飛び出す。キッチンはもぬけの殻。熱気の籠った室内はいつも通りで、食器も綺麗に洗われている。五千円札もそのまま。サンダルをつっかけて外に飛び出すと、震える手で赤い郵便ポストを開いた。……ある。ゴロゴロ君のストラップつき銀の鍵。
「……よ、よかったあ~」
へろへろと脱力した私は、鍵を握り締めてその場に蹲った。
自己嫌悪に苛まれて、しばらくは動けそうにもない。
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