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『昨日の俺の雄姿は見てくれた? 糸子を惚れさせようと思って、ちょー頑張った』
携帯のディスプレイに表示された他愛もないメッセージに殺意を覚えるほど、ただならぬ朝には違いなかった。今の私に、軽口に付き合う余裕などない。
メッセージの内容は無視し、自分の用件だけを急いで叩きつけた。
『やばい。やらかした。清水の舞台から飛び降りたい。今夜十九時に食神坊に集合』
指先に力が入りすぎて、くっきりと指紋が残った携帯をバックに突っ込む。休憩室に顔を出した同僚が、「あら、倉知さんがコンビニ弁当なんて珍しいわね」と話しかけてきたので、無難に「寝坊しちゃって」と答えた。嘘ではない。
私の職場は、神川市を南北に流れる神川沿いに建つ、市立図書館だ。ここで司書として働いている。市のシンボルでもある神川は古くから伝わる様々な民間伝承の舞台で、神川市という地名も川の名前からつけられたらしい。
この神川は、上流を流れる二本の川が合流してできたものだ。ちょうどローマ字のYと同じ。二本の川の合流地点にこの図書館があり、図書館より下流の川を正確には神川と呼ぶらしいが、市民はみなざっくばらんに、上流の二本の川も含めて神川と呼んでいる。
「昨日は残業を代わってもらって悪かったわねえ。遅くならないうちに帰れた?」
悪びれもなく話しかけてくる同僚――橋本美江に完璧な愛想笑いを向ける。ええ、ええ。あなたがとるに足りない理由を山のように並び立てて残業を押しつけたせいで、私のストレスは大爆発、行きつけの中華料理屋でヤケ酒ヤケ食いした挙句に、妙な拾い物をしちゃいましたけどね!
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