81人が本棚に入れています
本棚に追加
その日は絶対に残業をしないと固く心に誓って、午後の業務にとりかかったというのに……どうしてこんなことになったのだろう。招かざる客が現れたのは、午後の三時を回ったあたりだった。
「お姉さん。探している本が見つからないんだけど、ちょっと案内してくれない?」
貸出カウンターに座っていた私に声をかけたのは、市内のお嬢様高校の制服に身を包んだ可憐な少女。胸元まであるチョコブラウンの髪を丁寧に巻いている。生まれてから一度も陽の光を浴びたことがないような色白の顔には、少々濃すぎるくらいの化粧が施されているが、華やかな面差しの彼女にはよく似合っていた。
思わず目をしばたく。平日の真昼間に、女子高生がどうして図書館にいるのだろう。だが、女子高生の親でも親類でもない自分に、それを詰問する権利はない。
「わかりました。少しお待ちくださいね」
橋本さんにカウンタ―を代わってもらい、席を立つ。
「どんな本ですか?」
「こっち。ついて来て」
本の場所がわからないと言うのに、ついて来てとはおかしな話だ。首を傾げながら、先導する女子高生の後をついて行く。まだまだ衰える様子のない夏日が窓から差し込み、少女の右耳に嵌められた黒のルーフピアスを光らせている。
「……あの?」
人気のない二階の民俗学のコーナーまで先導されて、さすがに制止の声をかけた。イマドキの女子高生が、民俗学の本を借りたいって? ありえないとは言い切れないけど、先を行く少女は本棚に詰められた本達に一瞥もくれない。
「オバサン、私の顔に見覚えはない?」
振り返った少女が放った一言に、危うく白目を剥きそうになった。……オバサン? 確かに自分が女子高生だった時代なんて遥か昔だけど、まだオバサンなんて呼ばれる年齢じゃ……女っていくつからオバサンの部類に入るのかしら?
最初のコメントを投稿しよう!