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夢の中で、ふと、どこかに迷い込んでしまった。
目の前には、二つの別れ道。
その先には、どちらの道にも自分のテリトリーがあった。
けれど、一方はつらい記憶がある場所で、もう一方は幸せを教えてくれた場所だ。
とりあえず、その場に座りこむと、尻尾を揺らしながら様子を窺った。
自分のために、お腹いっぱいご飯を用意してくれる恩人さん。
「撫でてほしい」と言えば、心いくまで優しく身体を撫でてくれる。
自分で毛繕いするよりも、優しい温もりを感じられる恩人さんの手のほうが、ずっとずっと好きだ。
「もう、いいです」と言えば、しつこく後追いはしてこない。
一緒に生活するようになって、今では立派な相棒のような存在になった。
ただ、自分よりも少しだけ大きいせいで、ずっとずっと強そうに見えるところは、ちょっぴり羨ましくもずるいと思うけど。
それでも、恩人さんの温もりが大好きだから、膝に乗ることができるこの小さな身体で良かったとも思う。
恩人さんと出会うより前に生活していた場所は、ご飯も見つからないし、狭くて退屈で、寂しいところだった。
たまに人間がやってきたけれど、ちょこっとした食べ物と水を置いていってくれることもあれば、覗いていくだけという日もあった。
ちっとも役に立たない人間で、優秀で相棒にするにはもってこいな恩人さんとは全然違った。
ただ、そんな恩人さんと出会えたことは、あの日あのときあの人間に、窮屈な箱へと押し込まれて雨の中に置いて行かれてしまったおかげとも言える。
お腹が空いて体力もなくてヘロヘロな状態で、雨に濡れた身体を震わせていたけれど、恩人さんと出会えたのだから今となっては怖いものなんてない。
それよりも、自分はどうしてこんなところに立ち止まっているのだろう。
早く、自分のお家に帰らなければ。
それから、あの大きくて、温かくて、優しい手で撫でてもらうのだ。
ふと我にかえり、自分は何をしているのだと尻尾を揺らしつつ徐に腰を上げると、迷うことなく恩人さんの元へと続く道を選んで駆けだした。
「――…ン…ニャア……」
「ん? 寝言か」
目を覚ますと、大好きな恩人さんの手に撫でてもらえた。
「どんな寝相だよ……。なんの、夢みてるんだ、トラ吉…――」
心地よい温もりを感じながら、恩人さんの膝の上で体勢を変えると、ふたたび眠りに就いたのだった―――。
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