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十 斯くして鳳皇、紫微垣より
「ああっ、陛下! 激しい、激しすぎます! 壊れてしまいます!」
柳眉を寄せ、頬を朱に染め。豊かな乳房を激しく揺らし、叫ぶ妓女。慕容沖は一切の斟酌も示さず、それどころか、更にその腰遣いを盛んとする。
九浅一深もあったものではない。闇雲に、妓女の臓腑すべてをえぐり出さんとばかりに、突き込む。
龍とは、よくも言ったものだ。
苻堅を思い出せば、僅かに菊門がうずく。
慕容垂よりの文を得てより、慕容沖の内に数多の声が響くようになった。猟遊の折に射抜いた、逃げ惑う漢人の。未央宮にてすり寄ってきた、白面の宦官の。戦場にて切り伏せた匈奴の、氐羌の。
兄二人、慕容暐も、慕容泓もいた。姉もだ。口々に、何かを慕容沖に訴える。その何一つとして分からぬ。意味もまともに取れぬ残響として、ただ慕容沖を苛む。
ああ、ああとうめく妓女。精を解き放てば、俄に声が止む。ただし、僅かな暇に過ぎぬ。吐息一つもすれば、また声は勢いを取り戻す。
寝所には、他にも幾人かの妓女がいる。皆全身に汗し、肩で息をしている。一人を引きはがすと、別の一人の尻を掴んだ。
「腰」
その言いつけに、のろのろと尻が持ち上がる。菊門と女陰、共にむき出しとなる。慕容沖はいちど女陰に、既に逞しきを取り戻しつつある陰茎をあてがい、だが、ふと歪な笑みをうかべた。
「たまには、趣向を変えるのもよかろうな」
びくり、と妓女の尻が震えた。「お、お許し下さいませ」とか細い哀願が洩れる。聞こえぬ。菊門に、その杭を打ち込んだ。ひと突きもすれば、慕容沖の陰茎が初めての闖入者であったのだと分かった。
「い、いぎ、ひいっ……!」
女陰とは比べものにならぬ締め付けである。尻から太腿、腰にかけて強ばっていくのが分かる。そこを、強引に押し入る。他の妓女らが怯えを顔に示していた。
陰茎が更に硬くなった。声は、遠のいた。
妓女に腰を幾度となしに叩き付け、やがて慕容沖は獣のごとき声を上げる。解き放てるだけ解き放ち、力尽きた。
一人の妓女が酒を持ち寄る。僅かに開いた慕容沖の口から流し込むと、喉を、臓腑を、心地好い熱が満たした。
と、そこへ
「お楽しみ中、失礼致します」
韓延の声。訝る間もない。妓女の一人が鍵を外し、扉を開けた。拱手の韓延、その後ろには、兵士が、二人。
「な――」
言えたのは、そこまでだった。舌がもつれる。四肢が痺れ、まともに力が入らぬ。
「信頼できる筋より取り寄せた痺れ薬です。よく効きますでしょう」
「あ――が?」
韓延が顎で指示すると、宦官、妓女らが衣服を抱え、慌ただしく退出していった。これから何が起こるか、などとは、考えるだけ詮無きことだ。
兵ら二人は慕容沖の脇に進む。左右の腕をそれぞれが抱え、引き上げる。韓延の顔の高さにまで、持ち上げられた。
「王猛様が身罷られる折、密命を受けておりました。陛下と、慕容垂を離間せよ、と。それさえ果たされれば、後は私の思うように振る舞って構わぬ、と」
王猛。出し抜けに聞かされた名に、身体さえ言うことが聞けば、大いに笑いたいところだった。なるほど、あの者の掌中にては、匂わぬ事をこそ危ぶむべきであったか。
「淝水以後、戦乱深まる華北にて、陛下は確かに英主にあらせられた。華陰にて陛下の手腕に抱いた崇敬の念は、まこと嘘偽らざるものに御座いました」
韓延の顔から、阿りの仮面が外れる。
むき出しとなる、憤怒の形相。
「――故にこそ、慕容沖! 尚のこと、許せぬのだ! よくぞ我が愛する長安を、蛮夷の土足にて踏み躙りおってくれた! 所詮貴様も獣であったか!」
その懐から取り出された短刀が、迷わず慕容沖の胸にしまわれた。余りの痛みのなさに、刺された、と暫し気付けぬほどであった。喉元にせり上がるものを感じた。とどめ得ることは叶わぬ。吐き出す。
韓延が、血に染まった。
――ああ。韓延。
卿は、まことの忠臣であるな。
兵らが手を離したようだ。視界が転じ、韓延の代わりに天井が見える。
苻堅を喪い、己が為すべき事を、凡て見失った。目先の快楽を求め、溺れ、しかし声らが止むことは無い。
かくなる上は、と幾度思ったことだろう。だが、許されることは無かった。
再び、韓延の顔が現れる。何かを叫んでいる。最早聞き取れぬ。
――羨ましいぞ、韓延。
卿は、怨敵を、自らの手で討ち果たせるのだな。
韓延の志を果たせるよう、せめて無念の意を顔に浮かべようとした。
しかし、果たせなかった。
その心地は、知らぬでもない。
兄弟らと共に川に遊び、流れのまにまにたゆたっていたときに近い。
向かう先は、何処であろうか。
いずれにせよ、姉に会うことは叶うまい。
ただ、苻堅とは巡り逢う気がせぬでも無い。
奴めに出食わしたら、何をしてくれようか。
後背より刺し貫いてくれるも、また一興か――
――…………
〇
斯くして鳳皇、紫微垣より墜つ。
主を失った燕は迷走の末、慕容垂に吸収された。しかし、慕容垂も間もなく病死。その領土はたちまち内乱によって瓦解し、新興国・魏と、晋の支配下となった。
やがて魏は華北を統一。一方の晋は軍部よりの簒奪を受け、宋と名を変えた。この二強の成立を以て五胡十六国時代は終焉を迎え、南北朝時代へと移行する。
五胡十六国時代の事跡を追う典拠としては、特に二種の史書が著名である。一つは当代にて強勢を誇った、晋以外の十六国のあらましを国ごとに追う、十六国春秋。一つは晋を中心とし、当代に盛名を得た人物の事跡を綴る、晋書。
慕容沖が率いた燕は、十六国に含まれていない。また晋書にも、かれの独立した伝は無い。他者の伝中に、その名が散見されるのみである。
当時の歌に言う。
鳳皇、鳳皇。なぜ故郷へ飛び去らなかったのか。
なにゆえ座して、滅ぶことを選んだのか。
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