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どうやら、隣人がいなくなったらしいと気づいたのは初夏が過ぎて夏真っ盛りになったころだった。
あまりの虫の多さと、悪臭で、間友は隣人の家を門の外から覗いた。
やはり、久しく手を加えていない様子の果樹園や畑はひどいことになっていた。
水遣りをしない畑は干からび、そこに埋まっていた野菜や果物の木は朽ちている。
農薬を散布していないため、腐った果物に集っているゴミバエや害虫が音を立てて飛んでいた。
葉ぐもり虫が食い尽くす。
それだけではない。
落ちた果実に集る獣類、あっちこっちで死んでいるのは猫の赤ちゃんほどのサイズはある野生ねずみだ。
そのねずみの死骸を生めてその死肉のなかで暮らそうとしているシデムシという甲虫が、懸命に土に穴を掘っている。
近隣迷惑だからと不法侵入するわけにはいかない。
間友は門の外から、廃墟と化していく様子を眺めるしかなかった。
このままだったら保健所に連絡をしてみよう。
何かの事情で手をかけられないのかも知れない。
挨拶さえしてくれれば、小さな敷地を乗っ取ろうなどとしなければ、
隣人が忙しく、手をかけられない期間くらい、手伝ってやっても良かったのに、と思う。
水遣りや、雑草抜き、農薬散布くらいは出来るのだから。
やはり、まだ戻ってこない。
いよいよおかしいと、間友の妻は「保健所に電話するわ」と言った。
間友は、「ちょっと待ちなさい。今、覗いてくるから。そしたら、電話しよう」と妻を制した。
間友は「ちょっと行ってくる」と、長靴を履き、家を出た。
間友は隣人の門をくぐる決意をした。
というのも、やはり、どんなものを作っていたのか、そして珍しい種がないか、という興味があったのだ。
突然変異種の野菜や果物たちはみるみるうちに虫や動物のえさになり、DNAを遡って先祖野菜に退化している。
高度な品質改良をしていたと分かる。
この家の住人はいったいどんな人物だったのだろうか。
何か開発に成功した種だけを持って、残骸となったこの土地や野菜、果物を置き去りにしたのだろうか。
もはやものめずらしいものは何もなく、食えたものではない野生の野菜たちに取って代わられていった。
ふと、ふくらはぎあたりに痒みを感じた。
間友はズボンの裾を上げ、長靴を脱いだ。
どうやって中に入ったのか、虫刺されが出来ていた。
大きく腫れていて、痛がゆいという感じだった。
これだけ雑草だらけになったら蚊も大量発生しているのだろう。
真新しい虫まで発生していた。
こんなところにまで、新しい住人が増えていたのだ。
ふと、足元に転がっている一つの実を拾った。
間友の手のひらに納まるくらいのサイズだった。
石のように硬いが、果物のようだ。
間友は鼻に寄せる。甘い匂いがしない。
匂いがないから獣類に食われずに済んだのだろう。
間友はポケットにしまった。
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