17、決戦

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17、決戦

 〈宗護視点〉 『風ノ宮のダーツバーの店員がめちゃくちゃ可愛い』  桐峰の生徒の間で交わされる噂を耳にした時、嫌な予感がした。  密は店員役はやらないと言っていたけれど、クラスの出し物はダーツバーだから。  生徒会の仕事を終え、密に電話したのに繋がらない。  教室を覗いてみたら、桐峰の生徒ばかりがお客で入っていた。 「いらっしゃいませ!ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」  にっこり笑う店員は、密だ。  蝶ネクタイにピンタックウィングの白シャツ。カマーベストの後ろには、もちろん尾錠が付いている。革靴まで履いていて、完璧な給仕服を着こなしている。  真っ直ぐ伸びた姿勢が見ていて気持ち良い。  高い位置にある細い腰と小さめなお尻。綺麗な脚は人目を引いてしまうし、接客に一生懸命な様子もひたすら可愛い。  惚れた欲目を抜きにしても、噂にならない訳がない。本人は気付いていないだろうけど。  その証拠に店員は男女複数いるのに、密がチラチラ見られてる。  ガシャッ! 「うわ、溢しちゃった!すみません、店員さん、落としちゃいました」  桐峰の生徒が飲み物が入ったコップを溢すと、密が笑顔で雑巾を持って拭き始めた。 「大丈夫ですよー」  四つん這いになって床を拭くけれど、客の視線が床を拭く密を見ている事に、本人は気付いていない。  姿勢のせいで腰はますます細く見えるし、お尻の丸い形も丸分かりだ。  けしからんよね…  じーっと見てると、密が視線に気づいてくれた。 「あ、宗護!来たんだ。ちょっと待ってて」  床を拭き終わった密が、ニコニコしながら来てくれた。  溢した生徒には、他の店員が代わりの飲み物を持って行った。なのになぜ、密を見てるのかな?  思わず睨んでしまったら、慌てて視線をずらした。分かればよろしい。 「店員役が急病で休んだからさ、代わりにやらされてるんだ」  俺を見上げてニコニコ笑う密は、本当に可愛い。   今すぐ家に持って帰りたい。 「宗護もダーツやる?飲み物付きだけど」 「うん。ありがと。飲み物はアイスコーヒーがいいな」 「かしこまりました…ってコラ!なんで抱きしめてんだよ!」 「ちょっと感動して」  だって『かしこまりました』だよ。  涙が出ない事をむしろ誉めて欲しいよ。 「離せってば!ったくもう、ここ座わって!」  俺の手を引いて空いたイスに座るように言うと、密は飲み物を取りに行ってしまった。  思わず『給仕服』を検索してしまう。  買っちゃおうかな…でも怒るかな?と考えていたら、密が飲み物を持って戻ってきた。 「はーい。お待たせ!」 「二つ?」 「俺、もう終わりだもん。代わりも来たしね。何見てんの?」  向かいに座ると、密は蝶ネクタイをシュルっと外して俺の携帯画面を覗いてきた。 「はぁ。疲れたし暑かったぁ!って、こんなモン買う気?やめろ馬鹿!めちゃくちゃ暑いんだぞ!」 「一生懸命働いてたもんね」  密はアイスコーヒーを一気に飲んで、カマーベストを脱ぎだした。  白いシャツが肌に張り付いてる。  ボタンを1つ外した所で手を掴んだ。 「それ以上ボタン外さないで。ほんとに危機感無いんだから。更衣室は別の教室かな?着替えに行くよ」 「え?ダーツは?」 「いいから。ダーツならうちにあるし」 「そんなのあった?」 「使わないから、地下に置いてあるよ」  ぶつぶつ言う密を立たせ、廊下に押し出す事に成功した。  更衣室に密を入れる。 「待ってるから、着替えておいで」  廊下で待ちながら、密に似合う給仕服はどれかなって探す事にした。   ☆  中庭にズラリと並んだ飲食スペースは、本当の屋台みたいで面白い。  風ノ宮も桐峰も、みんな楽しそうに交流してる。 「クレープ買いたい!あ、桐峰の牛串焼き!これは買わないと」  密が一番楽しそう。  企画した甲斐があったな。 「走るんだから、軽いものにしないとダメだよ」 「分かってる」  お腹が痛くなったら可哀だからね。  結局、飲み物と焼きそば、串焼きを買い、人が少ない場所まで移動した。  少しでも二人でいたかったから。  食べ終わると、密が上目遣いで俺を見てきた。 「そういえば、前にチョーカー着けるかどうか言ってたじゃん?あれどうすんの?」 「用意はしてあるけど、今は走るのに邪魔かな、と思って家にあるよ」 「そっか…あの一年にさ、番にされないΩって言われたんだ。俺はまだ、番って何なのかよく分かんない。でも宗護とはたくさん遊びたいし、一緒にいたいし…噛まれたいって、思わない事も、ない」  正直、驚いた。  密から噛まれたいなんて言葉が出るなんて。 「あのね、俺の両親って、父親はまぁ普通のαだけど、産んだのは男のΩなんだ」 「え!そうなの?」  いつか密に言おうと思っていた。  俺の家族の事。 「19歳でデキ婚したし、恥ずかしいくらい仲良い親なんだ。母…は宗近(むねちか)だからチカさんって呼んでるんだけど、写真を撮ったり絵本を描いてて、趣味で生きてるような人。チカさんは世界中あちこちに行っちゃうんだ。父は世界中に支部を置いて、本人はチカさんを追いかけながら仕事してる」 「えー!すっごいね!」 「好きな人がいるって、どんな気持ちかなってずっと不思議だった。チカさんに会いに父が行くから、俺も子どもの頃は番探しだって誤魔化されて、世界中連れ回されたんだ」  忙しくも楽しかった日々を思い出す。  父がチカさんに会いに行くと、いつもとびきりの笑顔を見せてきた。 「両親みたいに互いを愛せる人が見つかるのか、ずっとすごく不安だった。世界中、探したのに居なかったからさ。だから密を見つけた時、本当に嬉しかったんだ」  密を見たら、泣いていた。  頬を流れる涙が綺麗だ。 「ごめん。俺、自分勝手な事ばっか言って…」 「密は悪くないよ。突然、Ωだって分かったら戸惑うだろうし、女性と違って妊娠する事なんか想像つかないのは当たり前だよね」  密の涙にキスをしてぎゅっと抱きしめ、携帯にある両親の写真フォルダを開いて見せる。 「これ、どっちがチカさんだと思う?」 「は?え、えええええ⁉︎」  密が驚くのも無理は無い。  だってそこにいるのは、どちらも我が親ながらモデルのようだけど、一般的なΩにある中世的な美しさが無いのだから。 「チカさんはこっち。俺に似てて笑えるよね?多分、密がなりたいのはチカさんみたいな大人じゃない?」  呆然とした様子の密に、写真を次々と見せていく。ほんと、チカさんほど詐欺みたいなΩはいないよね。実際、αだって思われてる。 「密、愛してるけど、リレーは真剣勝負だからね」 「うん、俺も。。愛してるけど負けないからな!」  負けず嫌いで、可愛い密。  俺も、楽しくて仕方がないよ!  〈密視点〉  スポーツ交流イベントは、テニスや卓球などもあるからリレーはそんなに注目されないと思っていた。  運動部じゃないっていうルールがあったしね。  なのに、なんでこんなに観客がいるんだよ!  校庭の周りに人・人・人!  風ノ宮より、桐峰の方がギャラリーが多いんだけど。  それはきっと… 「高山先輩ー!負けないでくださいねー!」 「高山くーん!がんばってー!」  宗護のせいに違いない。  生徒会副会長なんかやってるんだもんね。  そりゃ目立つよな。  ソイツは俺のだからな!ってマイクで叫びたくなる。  両校とも半袖と短パンで、桐峰のジャージを着た宗護は別人みたいだ。  黒に紫のラインが入ったジャージは、宗護によく似合っている。  風ノ宮のジャージは青に白いラインだから、子どもっぽく見えるかも。  ちょっと凹んでいたら、俺の友達が手を振っているのが見えた。 「ひそかー!勝ったらアイス、毎日買ってやるぞー!」  相澤、お前が俺を走らせたんだから、当たり前だろ! 「学食で好きなもん奢ってやるー!」  渡辺、いい奴だな! 「焼肉奢ってやるぞー!」   佐藤、ほんとにありがとう! 「その言葉、忘れんなよ!」  よっしゃぁぁぁぁぁ!やる気でたー‼︎  恋人だろうと、今日の宗護はライバルだ。  ぜぇったい、勝ちに行くもんね! 「位置について。用意」    一走目の一年が、スタート位置に着く。 「パァン!」  吉田が良いスタートを決めた。  腹は立つけど脚は速いな。  校庭を2周するから、先頭と最後尾は結構な差が出来てくる。  よしよし、そのまま上杉先輩にバトンパスだ。 「上杉先輩!頼みます!」 「任せろ!」  吉田は一位で上杉先輩にバトンを渡した。その少し後ろに桐峰もいて、そんなに差はない。  上杉先輩も一位を守り続け、どんどん俺の順番が近づいてくる。  俺が一位のレーンに入る準備をしていると、宗護は五位の位置にいた。   見ると、一位から五位まで百メートル以上は差がある。 「これで負けたら恥だよ」  宗護を見たらにっこり笑われて、背筋が寒くなる。 「せんぱーい!」 「三嶋ー!行けーっ!」 「ハイ!」  バトンを受け取り、勢い良く走り出す。 「ハッハッ」  小さく息をして、ひたすら腕と脚を前に出す。  観客の声援はすごいけど気にならない。  一周半を走り終わる時、背後に人の気配がした。 「ひっ⁉︎」  宗護がすぐ俺の後ろにいる!  つい最近まで走って無かったくせにー!  負けてたまるかっ!  無我夢中で走り続け、俺がゴールテープを切り抜けた。 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ」  寝転がりながら深く息をして、乱れた呼吸を整える。  怖かった。  だって宗護、超!速過ぎだもん!  なんなのアレは⁉︎  四位と三位を追い抜いたって事だよな。 「密に負けちゃったね」 「…たまたまな」  宗護が2位でバトンを受け取っていたら、勝てたかどうか…いいんだけど!  宗護が手を差し出したから、掴んで起き上がる。 「吉田くんの気持ち、分かったよ」 「え?」  ここでなんで吉田? 「密に前を走られたら、後ろ姿が可愛すぎて集中出来ない」 「えぇっ」  この馬鹿!  真剣勝負じゃなかったのかよ!  文句を言おうとした唇は、宗護のキスで塞がれた。 「あっ、んーー⁉︎」  このアホー!  風ノ宮と桐峰のギャラリーから上がる怒号と悲鳴が凄いんですけど。 「密は、本当に可愛いね」  まぁ…いっか。  宗護は俺のだって、マイクを使って言うより分かりやすいし。
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