4111人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
17、決戦
〈宗護視点〉
『風ノ宮のダーツバーの店員がめちゃくちゃ可愛い』
桐峰の生徒の間で交わされる噂を耳にした時、嫌な予感がした。
密は店員役はやらないと言っていたけれど、クラスの出し物はダーツバーだから。
生徒会の仕事を終え、密に電話したのに繋がらない。
教室を覗いてみたら、桐峰の生徒ばかりがお客で入っていた。
「いらっしゃいませ!ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」
にっこり笑う店員は、密だ。
蝶ネクタイにピンタックウィングの白シャツ。カマーベストの後ろには、もちろん尾錠が付いている。革靴まで履いていて、完璧な給仕服を着こなしている。
真っ直ぐ伸びた姿勢が見ていて気持ち良い。
高い位置にある細い腰と小さめなお尻。綺麗な脚は人目を引いてしまうし、接客に一生懸命な様子もひたすら可愛い。
惚れた欲目を抜きにしても、噂にならない訳がない。本人は気付いていないだろうけど。
その証拠に店員は男女複数いるのに、密がチラチラ見られてる。
ガシャッ!
「うわ、溢しちゃった!すみません、店員さん、落としちゃいました」
桐峰の生徒が飲み物が入ったコップを溢すと、密が笑顔で雑巾を持って拭き始めた。
「大丈夫ですよー」
四つん這いになって床を拭くけれど、客の視線が床を拭く密を見ている事に、本人は気付いていない。
姿勢のせいで腰はますます細く見えるし、お尻の丸い形も丸分かりだ。
けしからんよね…
じーっと見てると、密が視線に気づいてくれた。
「あ、宗護!来たんだ。ちょっと待ってて」
床を拭き終わった密が、ニコニコしながら来てくれた。
溢した生徒には、他の店員が代わりの飲み物を持って行った。なのになぜ、密を見てるのかな?
思わず睨んでしまったら、慌てて視線をずらした。分かればよろしい。
「店員役が急病で休んだからさ、代わりにやらされてるんだ」
俺を見上げてニコニコ笑う密は、本当に可愛い。
今すぐ家に持って帰りたい。
「宗護もダーツやる?飲み物付きだけど」
「うん。ありがと。飲み物はアイスコーヒーがいいな」
「かしこまりました…ってコラ!なんで抱きしめてんだよ!」
「ちょっと感動して」
だって『かしこまりました』だよ。
涙が出ない事をむしろ誉めて欲しいよ。
「離せってば!ったくもう、ここ座わって!」
俺の手を引いて空いたイスに座るように言うと、密は飲み物を取りに行ってしまった。
思わず『給仕服』を検索してしまう。
買っちゃおうかな…でも怒るかな?と考えていたら、密が飲み物を持って戻ってきた。
「はーい。お待たせ!」
「二つ?」
「俺、もう終わりだもん。代わりも来たしね。何見てんの?」
向かいに座ると、密は蝶ネクタイをシュルっと外して俺の携帯画面を覗いてきた。
「はぁ。疲れたし暑かったぁ!って、こんなモン買う気?やめろ馬鹿!めちゃくちゃ暑いんだぞ!」
「一生懸命働いてたもんね」
密はアイスコーヒーを一気に飲んで、カマーベストを脱ぎだした。
白いシャツが肌に張り付いてる。
ボタンを1つ外した所で手を掴んだ。
「それ以上ボタン外さないで。ほんとに危機感無いんだから。更衣室は別の教室かな?着替えに行くよ」
「え?ダーツは?」
「いいから。ダーツならうちにあるし」
「そんなのあった?」
「使わないから、地下に置いてあるよ」
ぶつぶつ言う密を立たせ、廊下に押し出す事に成功した。
更衣室に密を入れる。
「待ってるから、着替えておいで」
廊下で待ちながら、密に似合う給仕服はどれかなって探す事にした。
☆
中庭にズラリと並んだ飲食スペースは、本当の屋台みたいで面白い。
風ノ宮も桐峰も、みんな楽しそうに交流してる。
「クレープ買いたい!あ、桐峰の牛串焼き!これは買わないと」
密が一番楽しそう。
企画した甲斐があったな。
「走るんだから、軽いものにしないとダメだよ」
「分かってる」
お腹が痛くなったら可哀だからね。
結局、飲み物と焼きそば、串焼きを買い、人が少ない場所まで移動した。
少しでも二人でいたかったから。
食べ終わると、密が上目遣いで俺を見てきた。
「そういえば、前にチョーカー着けるかどうか言ってたじゃん?あれどうすんの?」
「用意はしてあるけど、今は走るのに邪魔かな、と思って家にあるよ」
「そっか…あの一年にさ、番にされないΩって言われたんだ。俺はまだ、番って何なのかよく分かんない。でも宗護とはたくさん遊びたいし、一緒にいたいし…噛まれたいって、思わない事も、ない」
正直、驚いた。
密から噛まれたいなんて言葉が出るなんて。
「あのね、俺の両親って、父親はまぁ普通のαだけど、産んだのは男のΩなんだ」
「え!そうなの?」
いつか密に言おうと思っていた。
俺の家族の事。
「19歳でデキ婚したし、恥ずかしいくらい仲良い親なんだ。母…は宗近だからチカさんって呼んでるんだけど、写真を撮ったり絵本を描いてて、趣味で生きてるような人。チカさんは世界中あちこちに行っちゃうんだ。父は世界中に支部を置いて、本人はチカさんを追いかけながら仕事してる」
「えー!すっごいね!」
「好きな人がいるって、どんな気持ちかなってずっと不思議だった。チカさんに会いに父が行くから、俺も子どもの頃は番探しだって誤魔化されて、世界中連れ回されたんだ」
忙しくも楽しかった日々を思い出す。
父がチカさんに会いに行くと、いつもとびきりの笑顔を見せてきた。
「両親みたいに互いを愛せる人が見つかるのか、ずっとすごく不安だった。世界中、探したのに居なかったからさ。だから密を見つけた時、本当に嬉しかったんだ」
密を見たら、泣いていた。
頬を流れる涙が綺麗だ。
「ごめん。俺、自分勝手な事ばっか言って…」
「密は悪くないよ。突然、Ωだって分かったら戸惑うだろうし、女性と違って妊娠する事なんか想像つかないのは当たり前だよね」
密の涙にキスをしてぎゅっと抱きしめ、携帯にある両親の写真フォルダを開いて見せる。
「これ、どっちがチカさんだと思う?」
「は?え、えええええ⁉︎」
密が驚くのも無理は無い。
だってそこにいるのは、どちらも我が親ながらモデルのようだけど、一般的なΩにある中世的な美しさが無いのだから。
「チカさんはこっち。俺に似てて笑えるよね?多分、密がなりたいのはチカさんみたいな大人じゃない?」
呆然とした様子の密に、写真を次々と見せていく。ほんと、チカさんほど詐欺みたいなΩはいないよね。実際、αだって思われてる。
「密、愛してるけど、リレーは真剣勝負だからね」
「うん、俺も。。愛してるけど負けないからな!」
負けず嫌いで、可愛い密。
俺も、楽しくて仕方がないよ!
〈密視点〉
スポーツ交流イベントは、テニスや卓球などもあるからリレーはそんなに注目されないと思っていた。
運動部じゃないっていうルールがあったしね。
なのに、なんでこんなに観客がいるんだよ!
校庭の周りに人・人・人!
風ノ宮より、桐峰の方がギャラリーが多いんだけど。
それはきっと…
「高山先輩ー!負けないでくださいねー!」
「高山くーん!がんばってー!」
宗護のせいに違いない。
生徒会副会長なんかやってるんだもんね。
そりゃ目立つよな。
ソイツは俺のだからな!ってマイクで叫びたくなる。
両校とも半袖と短パンで、桐峰のジャージを着た宗護は別人みたいだ。
黒に紫のラインが入ったジャージは、宗護によく似合っている。
風ノ宮のジャージは青に白いラインだから、子どもっぽく見えるかも。
ちょっと凹んでいたら、俺の友達が手を振っているのが見えた。
「ひそかー!勝ったらアイス、毎日買ってやるぞー!」
相澤、お前が俺を走らせたんだから、当たり前だろ!
「学食で好きなもん奢ってやるー!」
渡辺、いい奴だな!
「焼肉奢ってやるぞー!」
佐藤、ほんとにありがとう!
「その言葉、忘れんなよ!」
よっしゃぁぁぁぁぁ!やる気でたー‼︎
恋人だろうと、今日の宗護はライバルだ。
ぜぇったい、勝ちに行くもんね!
「位置について。用意」
一走目の一年が、スタート位置に着く。
「パァン!」
吉田が良いスタートを決めた。
腹は立つけど脚は速いな。
校庭を2周するから、先頭と最後尾は結構な差が出来てくる。
よしよし、そのまま上杉先輩にバトンパスだ。
「上杉先輩!頼みます!」
「任せろ!」
吉田は一位で上杉先輩にバトンを渡した。その少し後ろに桐峰もいて、そんなに差はない。
上杉先輩も一位を守り続け、どんどん俺の順番が近づいてくる。
俺が一位のレーンに入る準備をしていると、宗護は五位の位置にいた。
見ると、一位から五位まで百メートル以上は差がある。
「これで負けたら恥だよ」
宗護を見たらにっこり笑われて、背筋が寒くなる。
「せんぱーい!」
「三嶋ー!行けーっ!」
「ハイ!」
バトンを受け取り、勢い良く走り出す。
「ハッハッ」
小さく息をして、ひたすら腕と脚を前に出す。
観客の声援はすごいけど気にならない。
一周半を走り終わる時、背後に人の気配がした。
「ひっ⁉︎」
宗護がすぐ俺の後ろにいる!
つい最近まで走って無かったくせにー!
負けてたまるかっ!
無我夢中で走り続け、俺がゴールテープを切り抜けた。
「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ」
寝転がりながら深く息をして、乱れた呼吸を整える。
怖かった。
だって宗護、超!速過ぎだもん!
なんなのアレは⁉︎
四位と三位を追い抜いたって事だよな。
「密に負けちゃったね」
「…たまたまな」
宗護が2位でバトンを受け取っていたら、勝てたかどうか…いいんだけど!
宗護が手を差し出したから、掴んで起き上がる。
「吉田くんの気持ち、分かったよ」
「え?」
ここでなんで吉田?
「密に前を走られたら、後ろ姿が可愛すぎて集中出来ない」
「えぇっ」
この馬鹿!
真剣勝負じゃなかったのかよ!
文句を言おうとした唇は、宗護のキスで塞がれた。
「あっ、んーー⁉︎」
このアホー!
風ノ宮と桐峰のギャラリーから上がる怒号と悲鳴が凄いんですけど。
「密は、本当に可愛いね」
まぁ…いっか。
宗護は俺のだって、マイクを使って言うより分かりやすいし。
最初のコメントを投稿しよう!