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私は嬉しかったんだ
一心不乱に自転車を漕ぎ、向かった先は結音ちゃんのアパートだ。
着いたときには私はすでにふらふらで息を切らしながら、階段を上り、二階の205号室のドアを叩いた。
ここは、佐倉親子が暮らした部屋だ。
もしここにいなかったら本当に警察に連絡しよう。そう思って、何度もドアを叩く。何度も何度も。チャイムも押した。
だが、反応がない。
――ああもう! くそ!
心の中で舌打ちをしながら、ドアノブを回してみる。
がちゃり。と、ドアノブが回り、ドアが開いた。
一瞬、意表を突かれたように茫然としたが、すぐに我に返り、私はドアを勢いよくあけて叫んだ。
「結音!」
部屋の中は真っ暗だった。明かりをつけようと手探りで壁をまさぐると、いくつかスイッチを見つけ適当に押した。
すると、ぱっと周りが明るくなる。
その瞬間、私の目の前に飛び込んできたのは、小さな十畳ほどのリビング。そして、リビングの片隅にクッションを枕に横なって眠っている結音の姿が見えた。
「結音!」
慌てて靴を脱いで駆け寄った。
ドタドタと、音がうるさかったのか結音は小さく体を揺らし、ゆっくり目を開けた。
「結音!」
もう一度名前を呼ぶと、結音はゆっくりと目線をこちらに向ける。そして小さく首を傾げた。
「結弦さん……?」
「あああもう! なにしてるの!? こんなところで!」
「え……。私なにしてたんだっけ……」
まだ寝ぼけてるのか、ぼんやりとしたように目を擦り、体を起す結音。
「なにって今何時か分かってるの!? もう突然いなくならないでよ! 心配したじゃんかー!」
「え、心配……。うわっ! もうこんな時間!」
結音は壁掛の時計でその時間を確認し、ようやく目が覚めたようだった。
「えっ、あ、私寝ちゃったんだ……。え、結弦さん探しに来てくれてたんですか……」
「当たり前でしょーがっ!」
思わず大きな声で叫んだ。
結音は驚いたように肩を揺らし、目を見開いた。
「帰ったらいないし、待てど暮らせと帰ってこないし! あんたにとってはどうでもいいことなんだろうけど、私は心配なの! なのに……っ!」
――なんでこんなとこで寝てんの!!
感情が爆発していた。いろんな不安や焦りが、ごちゃまぜになった感情が、私の胸を満たしてもやもやしている。口から出る言葉は吐き捨てるようだった。だが、その感情はあるものは目に入った途端に一気に収まる。先ほどまで沸騰しそうだった頭が氷点下まで下がった気分だった。
結音は、お母さんの、佐倉先生の祭壇の前で眠っていたのだ。
そのことに気づいて、私は顔を両手で覆った。
やっちまった。罪悪感が重くのしかかる。
「あーーーーーーっ」
顔を覆って唸った。
私はどうしてこんなことにも気づかなかったんだろう。
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