私は嬉しかったんだ

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 自分を殴ってしまいたい気持ちに駆られながら、私は祭壇の前に座る。香炉に残ったお線香を見る限りおそらく浄土真宗。  その手順通りにお参りをした。 「……毎日来てたの?」  聞くと結音はゆっくりと頷いた。 「学校の帰りに……四十九日までは、と思って」 ――なんならうちに連れてきてよかったのに。  なんて、言いそうになってやめた。そんなの酷すぎる。 「んあああああもう!!!」 「!?」  叫ぶと隣にいた結音が驚いていた。  叫びながら後ろに倒れ、天井を見つめた。 「ごめんね。気づかなくて」 「え?」 「こういうの、私も経験しているはずだったのに。ごめん。案外、経験しててもこういうときなんて言ったらわからないし、気づけなかった」 「……」 「私、結音のことを考えてたようで、自分のことしか考えてなかったんだな」 「……本当ですよ」  結音の声が震えている気がして、私は体を起こした。  体育座りをしている結音は体を小さく縮めて、震えている。 「結弦さんデリカシーないし。何考えてる変わらないし。変だし」 「またそれ……」 「……実は、私、結弦さんのことをお母さんから何度か聞いてたんです」  それは初耳だった。 「もちろん不倫や浮気のことは伏せてたんですけど、私には年の離れた姉がいるって聞いてて。お母さん、いつも結弦さんのこと褒めてたんです」 「褒める?」 「“結弦ちゃんはお父さんに似て優しい子”だって」 「えぇ?」  それは、反応に困る言い方だった。 「“困ってる人はほっとけなくて、だけど何処か不器用で。そのくせ独自の価値観もっている変な子”って言ってました」 「それは……褒めてるの?」 「私もそう思った。でも母はそう言ったあと必ず言うんです。“結音にも誰かを思いやれる人間になってほしい”って」  そういう結音の表情は少し寂しそうだった。 「だから、私会うまで結弦さんのこと尊敬してたんですよ」 「えっ!?」 「なのに実際はこれだからがっかりですよ」 「えぇ!?」 「優しいっていうかただのお人好しだし。身寄りのない中学生をただの同情で引き取るくらいにはお人好しだし」 「うっ! い、いや、それは……」 「結弦さん、きっとお母さんに利用されたんですよ」 「へぇっ!?」  “利用された”。思わぬ声に私は素っ頓狂な声が出てしまった。そんなの中学生が言う言葉じゃないよ。 「いや、そんなまさか」 「私、河月さんから聞きましたよ」  なぜここで河月さんの名前が出てくるんだ!? あの先輩、なにか結音に余計なこと言ったんだろうか。  結音ちゃんは涙目になりながら、身を縮こませる。まるで何かに耐えるように。 「結弦さん。お父さんだけじゃなくてお母さんも亡くしてるんですってね」 「へっ? ああ、まあ。でも、結構前の話だし」 「お母さんきっとそのこと知ってたんですよ。だから、遺書に結弦さんの名前書いたんです。きっと結弦さんは自分と同じ境遇の子供を見捨てたりしないって。結弦さんのお人好しに付け込んだんです!」  結音ちゃんは涙袋に涙を溜め、それは決壊寸前だった。 「きっと結弦さんなら、断らないってわかってたんです! なのに私に“思いやれる人間になってほしい”なんて言ってたんですよ!?」 「ゆ、結音……」 「自分は全然できてないじゃないですか! 結弦さんに迷惑かけて! 私を……っ! 私を置いてって……! 何が“思いやれる人間”よ……! そんな、そんなことなら……」  はらはらと。結音の瞳からは涙が落ちていく。止めどなく流れる涙に、私はどうすることも、何を言うべきかも分からなくて、ただその華奢な体を抱きしめた。 「私を置いて死なないでよ……お母さん……」  そういえば、結音は私の元に来てから一度も泣いていなかった。  
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