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まだ薄暗い、冬の凍えるような朝、矢代 樹はスクーターのアクセルをひねり多摩川沿いを進む。
厚い手袋をしていても冷たさを感じるこの寒さは憂鬱だ。
そもそもこんなに早朝から大学に行くというのは心底うんざりする。
大きなため息のあと、
「こういうのも今日で終わりか…」と無意識に呟く。
こう考えると何気ない日常もどこか味のある風景に変わる。
毎日がこんな風景だったら僕は今頃なにをしていたのだろうか。
寝ずに無意味なレポートでも書いていたのか、誰かと朝まで遊んでいたのだろうか。
人も車も少ない。
まるで世界に僕だけと錯覚するほどに。
そんな道を僕はひたすらに走った。
大学に着くとまだ薄暗い中、清掃員のおばさんが掃除をしていた。
ふと腕時計を見ると時刻は午前7時02分を指していた。
こんなに朝早くに学校に来るなんていつぶりだろうか。
そんなことを思いつつ一瞬迷ったが二人しかいないこの空間での気まずさに負け一応、挨拶する。
「おはようございます。」
普通に聞こえるような声で言ったつもりだけど、小さすぎて聞こえなかったのか、ただ返事をしたくないのか、挨拶は返されなかった。
勇気を出して口を開いたのに返事がないとなるとさすがの僕でも嫌な気分になる。
普段ならこう言う事があると、気にするのをやめようと意気込んでも無意識にそのことばかりを考えてしまうが、今日はすんなりと忘れる事ができた。
なにせ僕は今日、大学をやめるのだ。
家族にも友人にも誰にも言わずに。
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