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5
僕は唐突に包丁を持ちだし、部屋の明かりを消す。
その瞬間は何も見えないが、目が慣れると部屋は窓から入る外の光で薄暗く、家具の位置くらいは把握できるようになる。
周りを探りつつベッドに戻り座り込む。
そして、ぼんやりと過ごす。
嫌な事を思い浮かばせないように、
何も考えないように。
まるで自分の意思ではないかのように、僕はおもむろに袖をめくり、左手首の上に包丁の刃を乗せる。
手は切った後の痛みや出血を想像し小刻みに震えている。
心を落ち着かせるため目を瞑り深呼吸を繰り返す。
心臓の鼓動は大きく速くなる。
膨らむ恐怖を必死に押さえつけようと歯を食いしばる。
ゆっくりと手首に押し当てる力を強めながら包丁をひく。
鋭い痛みから逃れようと逃げ出す左手を必死にベッドに押し付ける。
「…くっ…」
食いしばっているはずの歯はガクガクと震えぶつかり合う歯の音が部屋に響く。
全身が冷たく、体が震え、呼吸もおかしくなり始める。
それでも僕は包丁を動かし続けた。
鋭い痛みは全身に広がると同時に生暖かい液体がベッドからズボンに染み渡るのを感じる。
呼吸は浅く速くなっていく。
気がつけば全身の震えが強まり、部屋は自分の呼吸音で埋め尽くされていた。
このままだと…
死ぬ。
痛い。
苦しい。
寒い
怖い…
だめだ…
だめだ!!
死にたくない!
死にたくない!!
包丁を壁に投げつけタオルで手首を押さえつける。
「止まれ、止まれ、止まれ…」
震える冷たい手は力が入らない。
頭を上げているだけでも苦しい。
おさまれおさまれおさまれ…
頭でも口でも何度も呟く。
呼吸を戻そうと震える深呼吸を必死でくりかえす。
どのくらいこうしていただろうか。
痛みに慣れたのか、痛みが消えたのか分からない。
ただ一つ確かな事は、今の僕は痛みを感じていないと言う事だ。
体力を使ったからなのか、全身のどの部位も動かすことができない。
強い睡魔なのか、気が遠くなっているのかもわからない。
あぁ、僕は…
死ぬのか。
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