第一章 鳥は空を仰ぎ見る

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第一章 鳥は空を仰ぎ見る

ボルゲベルグ。この地に伝わっていた古代語で「雲を裂く峰」という意味の国名。その名の通り峻嶮な山間に作られた小国家。山の表に作られた集落と、鉱山内部を通った先にある開けた湖のほとりに住む集落に分かれている。山沿いを進む道はここを通らなければならず、巨大な関所がある。攻めるに難く守るに易い地形だが、辺鄙すぎて攻め入られた経験がほとんどない。来ても鉱石を狙った山賊や野盗程度。 厳しい環境と高所、鉱石採掘による粉塵などのせいでお世辞にも住みやすいとは言えないが、鉱石加工に魅せられた職人たちが一度は訪れる国のため、基本的に旅人を歓迎する気風が醸成されていた。 人々が見上げる鉱山の淵を見下ろすように一羽の鷹が飛んでいる。そこから視線を降ろすと、厚い木の門の前で、何やら人が取っ組み合っている姿が見えた。よく見れば、手斧を持った薄汚い恰好の男が二人、防具もなければ武器もない、徒手空拳の黒髪の女に向かって襲い掛かっているではないか。 だが、それを止めるものはいない。女の後ろには同じく武装した男がいるが、その成行きを見守っているかのように見えた。一足跳びで後退した彼女に、その男が声をかける。 「ヒーク!無理はしないでよ」 「――ハ。何言ってんだ、タウロン。オレがこの程度の連中に…」 ヒークと女が口を開いたと同時に、一人の男が手斧で斬りかかる。だが、女の動きは早く、長く軌跡を残す黒髪すら擦りもしなかった。横にまで踏み込んだヒークは軸足に力を込め、螺旋を描きながら地を蹴った。 「『撃輪(げきりん)』!!」 胴に回し蹴りがめり込み、男は後続の男も巻き込んで岩肌に叩きつけられる。斧も手を離れ、山の下へと吸い込まれて行った。 「遅れを取ると思ったか。…さあ、ここで帰ったら命だけは見逃してやる。失せな!」 ヒークの一喝に、大の男達が悲鳴を挙げながら逃げていく。その背中を見送った後、ヒークは汗一つかかない顔で曇天を見上げた。 そう、彼女の名はヒーク=イドリー。ボルゲベルグが誇る山岳自警団初の女性団長にして、国家最強の呼び声も高い女武闘家(モンク)である。国の水際の安寧は、彼女の烈脚によって守られているといっても過言ではないのかもしれない。
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