第一章 鳥は空を仰ぎ見る

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鉱山地帯から、ヒークは一人洞穴の中に潜っていく。そこには石でできた簡素な階段が下まで延々と続く隧道(トンネル)があった。ここは生活の拠点となっているカルデラ地帯と鉱山を結ぶ唯一の道で、日々多くの工夫や自警団たちが行き来する道である。 小一時間ほど歩いて出た先には、眩く輝く湖面と一面の芝、そして点在する家々があった。ここがボルゲベルグが誇る首都・湖畔都市シュピーゲルである。外の荒涼たる岩肌と烈風が嘘のように穏やかな人々の営みがそこでは紡がれていた。 歩く兵器のようなヒークであっても、生まれ育った町並みを見ると幾何かの心の平穏が訪れる。そう感じていると、遠くから鉢植えを持った金髪三つ編みの少女が駆け寄って来た。 「おかえりなさい、ヒーク!ケガはない?」 「…平気。むしろ奴さんを焼いて食ってやったぜ」 「えっ!?」 「いい加減オレの上段くらいわかれよな、イレンナ」 「唐突すぎてわからないよ…」 イレンナ=フロンは、このシュピーゲルに暮らす花屋の娘である。また、幼い頃からヒークを知り、何かあればすぐ喧嘩しようとするヒークを仲裁できる数少ない理解者であった。 「ねえ、外はどんな感じだった?」 「どうと言われてもな。曇ってて風が強くて、イレンナなんかじゃあっというまに吹っ飛ばされちまうような場所だぞ」 「そうかあ。ここは雲がかからないからいつも空が見えてるし、風も弱くしか吹き込まない場所だけど…雨以外に変わり映えしないから聞いてみたかったの」 そして、どこまでも博愛主義者ののんびり屋であった。自分と対極にある存在なのに、よく自分のようなならず者の面倒を見てくれたものだと、ヒークは思わずにはいられなかった。 「オレはこれからピリシャに報告に行く。イレンナも来るか?」 「い、いやいやいや!鳥の使役も満足にできない私なんかがピリシャ様にお会いするなんて恐れ多い!ヒークだけで行ってきて!」 「そ。じゃあな」 激しく両手を振って拒んだイレンナを見て、ヒークは満足したように背を向けて歩き出す。 この国では、鉱石の生産以外にも鳥類の生育に力を入れている。ドワーフと、神鳥を祖先に持つ「鳥人族(ちょうじんぞく)」、そして人間の三種族で構成されているこの国においては、鳥は友にして力となる存在なのだ。ましてや、鳥人族が副首長に抜擢されると、国内でのみ行われていた大型鳥による空輸を国外にも行う取り組みが行われ、国民でも鳥の使役を学ぼうとする者が多くなり、イレンナもまたその一人なのであった。 (アイツは少しずつ変わろうとしている。オレも…いつか変わる日が来るんだろうか) ヒークは柄にもなく少し考え込みながら、その副首長が執務を行う庵へと足を進める。
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