第一章 鳥は空を仰ぎ見る

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「……う……」 それからどれくらい経っただろう。暗転した視界が不意に開き、鼠色の空と雨粒が視界に入った。幸運にもヒークは生きていたのだ。顔も髪も泥だらけで、手足は傷だらけ。状況を確認しようと体を起こそうとするが、生存の代償はあまりにも大きかった。 「()ッ!!あ……!」 右足に激痛が走り、闘争の痛みには慣れているヒークは大きく顔を歪ませた。右足は無惨にも青黒く腫れあがり、容赦なく打ち付ける雨粒すら石礫のように感じられるほどに痛い。立とうにもあまりの激痛に力が入らない。 折れた。ヒークは本能でそう悟った。 標高数千メートルは下らない高所から突き落とされて片足の骨折だけで済んだのは奇跡としか言い様がないが、それでも激痛の中ではそんなことを考える余裕もなかった。 ヒークは痛みをこらえながら足を引きずり、近くにあった洞穴に身を潜め、泥まみれのマントを力任せに破いて足に巻き付けた。そして全身から脂汗がにじみ出るのを感じながら、少し戻って来た思考力で状況を整理し始める。 (…確か、あの野郎は降下中にオレと上下が入れ替わって、せり出した岩に激突してオレを手放した。野郎は即死だろう。オレは運が良い。だが…) 痛みを耐えるために奥歯が鳴る音と荒い呼吸が洞穴に響く中、ヒークは落ちて来た山の高さを思い浮かべる。 (この足で登るのは無理だ。情けないが、利き足が使えないんじゃ山賊どもの恰好の餌食…。タウロンが捜索してここを探し当てるのを待つしかねえか) そう決断した直後、少しでも体力を消費しないようにヒークは冷たく固い岩の上に身を横たわらせた。岩の冷たさが灼熱の足を冷やすと同時に、容赦なく体温も奪っていく。いつもは勝気なヒークも、さすがに今回ばかりは死という言葉が脳裏をよぎらずにはいられなかった。 「チッ…嫌だねぇ。オレみたいなのけ者には似合いの末路って訳かい…」 そんな言葉をふいに口にした瞬間。洞穴の外からかすかに物音がした。何か重たいものを引きずるような謎の音だ。だが、今のヒークにとってはそれが天の使いのような奇跡に思えた。どうやら通りに面した所に落ちたようだ。転がるように身を起こし、四つん這いになりながら声を張り上げる。 「おい、そこを通る奴!ちょっと助けてくれ!訳あって動けねえんだ!」 すると、入口に不意に人影が現れた。外の光が逆光となってよく見えない。そこでヒークは力を振り絞り、指先に火を灯して明かりとし、その来訪者を視認する。 だが、結論から言うと、そこにいたのは人でも天使でもなく。 全身を黒衣に包み、後ろ手で棺桶を引きずる、上背の高い死神であった。
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