第一章 鳥は空を仰ぎ見る

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あまりの光景に一瞬は言葉を失うヒークだったが、即座に気を取り直すと、骨折した足を無理やり動かして立ち上がり、ぐらつきながらも戦闘態勢に入った。 「ぐっ…テメェ、何者だ!怪しい恰好しやがって!近寄るんじゃねえ!死神野郎が!!」 「…来いと言ったのは、そっち」 「まさか死神を呼ぶとは思ってなかったからな。オレはあの世に用はねえ、消えろ!」 威嚇するように叫び散らすヒークを見下ろしながら、黒衣の男は手に持った棺桶に向かって話しかける。 「…『メラム』。この女の人、怪我してる」 すると、不思議なことに棺桶から返答があった。まだあどけない少女の声だ。 『わかっておる。全身30か所以上に打撲、右足開放骨折、左足にヒビ。左肩も脱臼寸前。生命力もだいぶ弱っておるな。それは虚勢じゃ、気にするな』 「な!?か、棺桶が喋りやがった!?」 しかも自分自身の怪我の状況まで瞬時に看破され、百戦錬磨のヒークも動揺する。そんな様子を見て、男は一歩前に出る。 「…君。山の上から、来たの」 「く、来るな…」 「俺が、連れて行って、あげても」 「来るなっつってんだろうが!!」 刹那。ヒークの左足が男の首筋を蹴った。しかし、防御もとっていない無防備な首に当てたにも関わらず返って来たのは岩を蹴ったかのような硬さ。そしてなにより、蹴った箇所から乾いた音が鳴り、同時に電撃が走るような痛みが両足を駆け抜けた。 「うっ、うぐああああぁっ!!」 『ふふははは!言わんことではない。血の気の多い小娘よ、無理はするな。仕方がない…』 すると、棺桶が一人でに開き、中から小さな人影が現れた。 全身を黒いゴシック風のワンピースで包み、夜空よりも暗い長髪を真珠の髪留めで二つ結びにした童女が姿を現し、痛みにもだえるヒークはさらに混乱した。 (つ…次々と訳わかんねぇことが起きやがる…!悪夢か?オレは悪夢でも見てるのか??) 「珍しい、ね。メラムが自分から出る、なんて」 「見かねて、というやつじゃ。このままではこやつ、四肢が壊れるまで襲ってくるじゃろう。とりあえず、このメラム様が直々に下賜をくれてやる。ありがたく飲むがいい」 すると、メラムと呼ばれた少女はいつの間にか手にした淡い紫色の液体が詰まった小瓶を開封し、ヒークの口を無理やり押さえつけて流し込んだ。口の中に苦いやら酸っぱいやら、そのくせ妙な甘さも混じった奇妙な味の奔流が溢れかえり、ヒークはたまらずメラムを突き飛ばした。 「む…ッ!げほっげほ!」 「これ吐くでない。これは薬じゃ。多少は痛みが和らぐし、大人しくしていれば傷が癒えるのも早くなろう」 立て掛けられた棺桶に腰かけながら、メラムは悪戯っぽく微笑んだ。確かにそう言われてみれば、全身に心臓がついたかのような脈打つ激痛が、徐々にだが収まっていくように思えた。
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