級友

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その級友が死んだのは夏を迎えようとする6月の終り頃の、私が17になる数日前のことだった。 温厚なご婦人と無口な紳士を両親に持ち、年の離れた生真面目な青年を兄に持つ、おそらく理想的で優しい家庭に育った彼は、人当たりのよさからたいへん人気があった。性根のいいものは皆、男女問わず彼に友として惚れこんでいただろう。私も彼に友人として惚れこんでいたし、彼にとって話せる人間の一人に過ぎなかったはずだ。 だがどうしてか私に向けて、彼は遺書を書いた。 いじめか、何が原因だ、と当然世間がにわかに騒がしくなった。遺族は中身を検めたらしく、遺書は公にされなかったし、しなかったから私に何の疑いをかけられることもなかったが、心苦しくはあった。 しかし世間が問い詰めれば問い詰めるほど私たちは無実で、家族もまた無実で、ありきたりで普通の生活しか持ちえなかった。この世にあふれかえる哀情の悲劇がなかったことで、彼のことも私たちのことも世間はすぐに忘れ去った。 うまいことあとは卒業を待つのみとなり、私は彼について思い起こそうとしているのである。 彼と私は出席番号が近かった。1年のクラスではその出席番号の近くにはなぜか女子生徒が多く、きっと声をかけられる男子生徒が私くらいのものだったのだろう。彼は多少人見知りであるらしかったから、一度打ち解ければ十分に話しやすい人物なのだが初めは堅く生真面目さの目立つ様子だった。 しかしひと月もせず人気者になった彼とは昼飯時に時折一緒するだけで、普段の様子を垣間見ることは少なかった。彼の成績は真ん中より上であることと運動も器械体操以外は優秀だということはわかった。 何をしてもギリギリの私とは大きく異なっていたのだ。 それでも彼は忙しくない昼には食事を共にすることを望み、私に声をかけた。追試験や補習のない昼には私もそれに応じ、世間で流行りのゲームをこっそりやったり、たわいもない話をしたり、高校生らしいことをしたと思う。 ある日、彼は屋上のカギが開いていることを知って昼食を誘ってきた。 初夏の、珍しくよく晴れた日だった。いつものようにたわいない話をしていた時ふと彼は問いかけた。 「人が人たらしめる理由は何だと思う」 それは先ほどまでの緩やかな表情ではなかった。冗談めかした雰囲気ではなかった。彼は本気で私にそう質問していた。 「ここに生きていれば」 ならば、誠実な答えを用意せねばなるまい、足りない考えながら私の持ちうる最良の答えを口にした。 「君の、そういうところが僕は好いと思う」 彼はふっとまた緩やかな表情に戻って問いの前の話をつづけた。 私も、それ以上を質さなかった。 それから約1年、私は少し成績を上げ補習を逃れるようになったが、彼は生徒会に入って忙しくなり昼食会はほとんど行わなくなった。 ――人が人たらしめる理由を求む。 ――僕は人でなくなったか。 級友は私にだけそれを訊ねたのだ。しがない平凡な、出席番号が近いだけだった男に。私は君の唯一の級友であったか。
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