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9-7 再会
(視点:藤澤君)
俺は、今日も愁がいる病室に来ている。
今日は、愁に報告があるんだ。きっと、愁も喜んでくれる。
俺は、静かに眠る愁の横に座り、語りかけた。
俺な、今年のワールドカップの代表に選ばれたんだ。
正直、名前を呼ばれた時、驚いた。
けど、これで、やっと一人前になったと思えたんだ。
なぁ、愁、、俺と結婚してくれないか。
愁は、何も答えてくれない。
愁の顔を見つめると、今にも起きそうな顔をしている。
けど、実際は、あの告白から、眠ったままだ。
一度でいいんだ。
もう一度、俺に笑いかけてくれよ、、
そう思い、切望するように呟いた。
頼むから、、、、起きてくれよ、、、
その時、腕につけていたミサンガが切れた。
――――――――――――――――――――――――
僕はゆっくりと目を開ける。
目を開けた先には、泣いている恭君がいた。
「な、か、、ない、、で、」
僕は、優しく微笑んだ。
「愁、、、意識が、、、」
恭君の目から涙が落ちる。
僕は、力の入らない手で、恭君の涙をぬぐった。
愛してる、、
僕は、恭君を愛してるんだ、、
「けっ、、、こ、、ん、、しよう、、ね、、」
恭君を見て笑った。
恭君は、ずっと泣き続けて、何度も頷いてくれた。
僕は、恭君の告白から約七年間眠りについていたそうだ。
眠っている時、ずっと夢を見ていた気がする。
夢の記憶は、ほとんどなかったけれど、わずかに思い出せる場面もあった。
大学生活を満喫している場面。
海メンで遊びに行ってる場面。
いつも優君と凛君だけは、二人によく似た人になっているけど、二人とも仲良く遊んでいる場面。
悲しいことに恭君が死ぬ場面もあり、そんな絶望の淵を響君が救ってくれたりもした。
それから、家族と談笑している場面。
そこで、咲父さんと皐兄と夏兄だけは、三人によく似た人になっているけど、僕は、家族のように接している。
そんな場面を少しだけ思い出すことができた。
また、違和感を感じることや部分的に記憶を失っているところもあった。
例えば、こんなことがあった。
トイレが一つしかなく、戸惑ったこと。
男性がスカートを履いていることに違和感を感じたこと。
皐兄や夏兄が来てくれたときに、最初は誰かわからず、無意識に皐姉、夏姉と呼んだこと。
みんながお見舞いに来てくれた時に、優君や凛君を忘れていたこと。
けれど、見ていた夢を忘れて行くのと同時に、少しずつ違和感も消え、失った記憶も取り戻すことができた。
身体の方は、この一カ月間のリハビリでほとんど思い通りに動かすことができるようになり、先生は、僕の回復ぶりに終始驚いていた。
恭君はというと、代表選手に選ばれて忙しいはずなのに、毎日欠かさず来てくれた。退院の前日もいつものように来てくれた。
「もう、忙しいんだから、毎日来なくて大丈夫だよ!」
僕は、恭君のことが心配なんだ。
「俺が来たいだけだから、気にするな!」
「そっか、、ありがとね!」
恭君は、昔と何も変わらない笑顔で、微笑んでくれた。
その笑顔を見て、本当に愛おしく感じ、僕は、ずっと恭君の顔を見ていた。
「見すぎだ、、」
「だって、かっこいいんだもん!」
僕が、笑って答えると、恭君は、照れているように見えた。
「明日は、退院だな。」
「恭君は、練習試合だったよね!頑張ってね!」
「ごめんな、来れなくて、」
「ううん。僕のことより、試合頑張ってね!応援してるよ!」
「終わったら、すぐに行く!」
「うん!待ってるね!」
明日は、家族が退院祝いをしてくれることになっている。
そこに、咲父さんが恭君も招待してくれた。
恭君は、僕の家族の中で、緊張しないのかな、、
そんなことをぼんやりと考えていたら、退院の日がきた。
朝から咲父さんと夏兄が来てくれて、咲父さんが、病室を整理してくれる。
「これで全部だね!」
「ありがとう!それと、夏兄まで来てくれてありがとね!仕事あったんじゃないの?」
「大丈夫だ!気にすんな!」
夏兄は、僕に優しく微笑んでくれた。
そして、僕らは、病院を後にして、タクシーで自宅に向かう。
久しぶりに外に出た。
タクシーから見える街並みは、何一つ変わらず、懐かしさを覚える。
しばらくして、家に着き、二階に上がると、自分の部屋が高校時代のまま残っていた。多くの写真があり、それを一枚一枚眺めると、思い出が、一気に戻ってくる。同時に何かを失っているような感覚を感じたけれど、写真を見続けていれば、その喪失感がいつしか充足感へと変わっていくのを感じた。
夏兄が僕の部屋に入ってきた。
「何見てるんだ?」
「写真だよ!みんなのこと、思い出してたんだー」
「みんな、いいやつだよな!」
「ほんと、僕は、いい人に恵まれたよー」
しみじみと写真を見ながら思う。
思い出にふけっていたら、いつしか夜になっていた。
ピンポーン
家のチャイムが鳴り、僕が出迎えると、そこには、恭君と皐兄がいた。
「おかえり!あれ、皐兄じゃん!どうしたの?」
「愁ちゃんの退院の日だから、帰ってきました!」
「うそーありがとう!」
この前、皐兄は、忙しくて来れないと言ってたから、来てくれたことが嬉しかった。
咲父さんも出てくる。
「恭君、お疲れ様。皐も来たんだね、ほら、みんな上がって!」
僕らは、中に入った。
そして、咲父さんが、盛大に作ってくれた夕ご飯を食べる。
食事中、恭君は僕の家族と仲良さそうにしている。
後から聞いた話によると、僕が眠っている間、恭君は、病院に何度も来てくれたそうだ。そこで、僕の家族と仲良くなり、親しくなったみたいだ。
その話を聞いて、恭君の優しさに改めて感謝した。
しばらくして、ご飯を食べ終えた。
突然、恭君が正座をして、清父さんと咲父さんを見つめた。
「愁さんと結婚させてください。」
突然の言葉に、僕は驚いた。
いつかは、言わないといけないと思っていたけれど、まさか、このタイミングとは、、
何も聞いてないよ、、
僕は、真剣な顔をしている恭君を見つめた。
「君なら、愁を任せられる。」
清父さんが言う。
「どうか、この子をお願いします。」
咲父さんが、目に涙を浮かべていた。
「はい。必ず幸せにします。」
目の前で起こった出来事があまりにも嬉しくて涙が溢れた。
恭君が僕を見つめ、微笑んだ。
僕は、とても、幸せだ、、、
それからしばらくして、僕も、恭君の両親に挨拶をしに行った。恭君の両親は、7年間の恭君の行動をずっと見ていたようで、僕らの結婚を祝福してくれた。
そして、僕らは一緒に住むことになった。
恭君が一人暮らしをしているので、まずはそこで一緒に暮らし始めた。
恭君との生活は、楽しくて、幸せに満ちた毎日だ。
結婚することをみんなに報告したいと思っていた時、グループリンク〈海メン〉が点滅した。
(響君)今度、日本でリサイタルを開くんだけど、みんな来る?(音符)
響君からだった。
響君は、高校卒業後、音大に入り、大学卒業後、海外の楽団に入団した。今まで様々な賞を受賞した新進気鋭のトランペット奏者として活躍していると教えてくれた。
リサイタルかぁ、行きたいな!
サッカーで忙しい恭君に行きたいと提案すると、一緒に行こうと快く言ってくれた。
(僕)僕と恭君も行くよ!
(凜君)俺も行く!!
(優君)ウチと玄さんも行く!
(武藤君)俺も行く!
(東条君)オイラも行く!!
嬉しいことに響君がチケットを用意してくれた。
またみんなと会えるんだ、、
待ち遠しいな、、
その時に、ちゃんと、結婚の報告をしようと思った。
リサイタル当日。
僕は、黒のジャケットを着た。このジャケットは、今日のために、恭君が買ってくれたものだ。
「似合ってるな!」
「ありがとー」
「行くか!」
「うん!」
僕と恭君は、一緒に出掛けた。
「久しぶりに、みんな一緒に会えるから、嬉しいなー」
「よかったな。みんなもきっと楽しみにしてるさ。」
「うん。響君の演奏、どうなってるんだろう、もっとうまくなってるんだろうなー」
「だろうなー」
「今回、響君の両親とも共演するんだってー」
「そうなのか?」
「うん!響君の家って、みんな音楽家なんだよ。創さんがピアニストで、琴さんがヴァイオリニストなんだ。一度、琴さんと会ったことがあったんだけど、とても優しい人だったよー」
「すごいなー」
「ほんと、すごいよ!さすが、響君だよ!!」
いつの間にか、興奮して響君を褒め続けていた。
突然、恭君が尋ねた。
「俺は?」
「えっ?」
「俺は、、すごく、、ないのか?」
恭君が少しムスっとしている。
「恭君もすごいよ!」
僕は、恭君を見て、ニコリと笑った。
「そっか、、」
「大好きだよ!」
そう笑顔で言うと、恭君は満足したように笑った。
最近の恭君は、変わった気がする。
一緒に暮らし始めたせいか、以前よりも表現が豊かになった。たまに、冗談も言ったりして、無邪気さを感じる時があり、それが、たまらなく愛おしかった。
しばらくして、リサイタル会場に着いた。
会場の外には、すでに多くの人がいた。このリサイタルは、初めての親子共演で、メディアの多くも注目する待望の共演だと言われていた。というのも、創さんは、世界的に有名なピアニストで、誰とも共演したことがない音楽家だったからだ。
みんなを探していると、向こうに凛君と武藤君が見えた。凛君が、僕たちに気づいて、こちらにやってくる。
「愁君!!!」
「凛君!!久しぶり!」
「もう大丈夫なのか?」
「うん!もうすっかりよくなったよ!」
「そっか!マジで、よかった、、」
凛君が、急に泣き始める。
「もう、、」
つられて、僕まで泣いてしまった。
「よかったよ、ほんと、、」
少し大人びた武藤君から優しい眼差しを向けられた。
「ありがとう。」
「恭は、元気そうだね!」
凛君が恭君に言う。
「まぁな。凛も元気そうでよかった。武藤、お前もな。」
「俺は、いつも元気だな!!」
武藤君が、豪快に笑っている。
優君と重岡君が、やってきた。
この二人は、大学卒業して、結婚したと教えてくれた。二人の手には結婚指輪が光っている。
「久しぶり!」
「元気そうでよかったよ、、、」
優君まで泣き始めた。
「もう、みんなして、泣かないでよ。」
また、僕は泣いてしまう。
「山口君、本当によかったです。」
重岡君に言われた。
「ありがとう。」
今度は、東条君が笑顔で手を振りながら走ってきた。
「みんなーーーーーーーー!!」
「久しぶり!!」
「愁くん、元気になってよかったよ!!恭くんも元気そうだね!!」
東条君は、昔と変わらない笑顔を向けてくれた。
こうして、久しぶりにみんなと会えたことに幸せを感じていた。
しばらくして、会場に入り、僕たちの席を探すと、舞台前の真ん中あたりで、よく見える場所だった。
すごい、いい席、、
ほんとに、ありがとう、、
響君に感謝した。
リサイタルが始まる前に、一度お手洗いに行くことにした。
お手洗いを探している時に、偶然、鈴宮君と会った。
「先輩???」
「鈴宮君!」
「目覚められたんですね。知らなかったぁ、、、本当に、よかったですぅ、、、」
久しぶりに会う鈴宮君は、昔より少し背が伸びて、成長したと思った。
「ごめんね、、報告、遅れて、、」
「元気ならそれでいいんです、、、」
「どなた?」
鈴宮君の横にいる人が聞いた。
「あっ、僕の高校時代の先輩だよ。山口愁さんです。」
僕は、挨拶をした。二人は、大学で出会ってから付き合っていると教えてくれた。少しだけ、談笑して別れた。
別れた後、仲良く手を繋ぐ二人の後ろ姿は、幸せそうに見えた。
そして、いよいよリサイタルが始まった。
三人が入場してくる。
舞台で見る響君の顔は、堂々としていて音楽家の顔だ。
一瞬、響君と目が合った気がする。
交響曲から演奏は始まり、どの演奏も、僕が言えることじゃないけど、高校時代に聴いた音よりも格段に綺麗な音色になっている。
リサイタルは、順調に進み、どの演奏もすごくて、終わるたびに、拍手が起きていた。
僕も、ずっと演奏に心を打たれっぱなしだった。
すべての演奏が終わると、会場は、スタンディングオベーションとなり、拍手が鳴り止まない。会場の拍手に応えるように、アンコールとなった。
アンコールの曲を響君が説明する。
「最後に演奏する曲は、高校生だった頃に私が作曲したものです。普段私たちは、生きている中で誰かが誰かを思っていると思います。けれど、その思いは、思っているだけで見えない、伝わらないことも多くあります。だから、その見えない思いをこの曲を通して誰かに伝えて欲しいという気持ちで作りました。聞いてください。〈願い〉」
その曲は、僕が文化祭で歌った曲だった。
響君の演奏を耳を澄まして聴く。
奏でる音色が、優しくて温かくて何度も響き渡る。
なぜだか聴けば聴くほど、胸が苦しくなり、涙が出てきた。
そして、今までの響君との記憶を自然と思い出した。
高校一年生の時、響君をブラスバンドに誘ったこと。
最初、響君は嫌がっていたけれど、少しずつ、楽しそうな顔に変わったこと。
響君は、音楽の才能に溢れていたこと。
僕の高校時代をずっと横にいて支え続けてくれたこと。
そして、今でも僕を支えてくれていること。
思い出が溢れ出し、涙がとめどなく流れ続ける。
そして、ふと僕は気づいた。
響君は、ずっと僕の事が好きだったんだと、、
何の確信もないけれど、響君が奏でる音色を聴けばそう思った。
気づくとリサイタルは大盛況の中で終わりを告げた。
改めて響君のことを考えると、今までひどいことをしてきたと思う。
響君は、僕をこんなにも思っていてくれて、こんなにも近くでいつも支えてくれていたのに、僕は、いつも自分のことだけを考えていた。
何の気も使わずに恋愛相談までした。
どれだけ辛かっただろうか、、、
それでも響君はずっと僕のそばにいてくれた。
僕は、しばらく涙を流し、舞台を見つめていた。
「大丈夫か?」
横にいる恭君が心配してくれる。
「あっ、うん、、」
僕は、涙をぬぐった。
この後は、響君も入れて、近くのお店で夕食会をする予定だ。気を取り直し、会場を出ようとした時、突然後ろから話かけられた。
「山口さん?」
「部長!」
そこには、姫城部長がいた。その横には、月城部長もいた。月城部長は、一つ上の先輩で姫城部長が、部長になる前の部長だった。
「もう部長ではないですよ、それより、目覚られたのですね。お元気そうでよかったです。」
姫城部長は、静かに泣いていた。
「心配かけてごめんなさい。」
「いいんですよ。」
姫城部長は、涙を流しながら優しく微笑んだ。それから、月城部長と婚約したと教えてくれて、まさか二人が婚約するなんて思わず驚いた。
「それでは、ごきげんよう!」
姫城部長は、優雅に去って行った。
その後、僕らは、夕食会のお店へと移動した。綺麗なお店で八人席の個室に案内された。しばらく待つと主役の響君がやって来た。
僕らは、みんなでお礼の品を渡し、個人的に、黄色のバラの花束を贈った。
「すごくよかったよ!感動した!」
僕は、響君にありったけの感動を伝えた。
「ありがとう!」
響君は、嬉しそうな顔で答えてくれた。
そして、乾杯をして、いろんな話をした。
武藤君が、スポーツトレーナーとして、活躍していること。
凛君が、大学一年生の時に中退して看護学校に入り、看護師になったこと。
武藤君と凛君が付き合い始めたこと。
優君が、母校で美術の先生をしていること。
重岡君が、高校を卒業して一年後に希望の大学に入り、官僚になったこと。
東条君が、小学校の先生になったこと。
僕が知らない内にみんな成長し、それぞれの道を歩んでいた。
それが、とても嬉しかった。
そんな嬉しい話を聞きながら、僕らも宣言した。
「みんな、僕たち、結婚します!」
恭君と手を繋いで報告した。
全員が祝福してくれて、凛君と優君が、泣き始めたので、つられて、僕も泣いてしまった。響君はずっと優しく微笑んでくれていた。
楽しい夕食会も終わり、僕らは、また会う日を約束してそれぞれ別れた。
最後に、響君に伝えたいことがあって、呼び止めた。
「響君、、」
「ん?」
沈黙が続く。
「どうしたの?」
響君が心配してくれている。
「えっと、、、響君さ、、、忙しいと思うから、、結婚式に、、無理して、参加しなくても、いいからね、、」
僕は、なんとか笑顔を作った。
本当は、響君に来てほしかった。
けど、響君は、きっと僕のことが好きなんだ。
好きな人の結婚式に行くなんて、辛いに決まっている。
そんなの僕だったらできないよ、、
響君が優しく抱きしめてくれる。
「行くよ、絶対。」
僕は、涙が止まらなかった。
「ごめん、、、ごめんね、、、ずっと気づかなくて、、、」
「いいんだよ。僕は、愁君が生きているだけで満足だよ。どうか、幸せになってね。」
僕は、響君の胸の中で黙って泣いていた。
響君は、どこまでも、どこまでも優しい人だった。
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