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PROLOGUE
『それでは、これより有賀丘学園新生徒会役員を発表します』
恐ろしく広い講堂に詰めた男女およそ千人。
そんな彼らの期待で高まった熱気に、堪え切れず集団のあちこちから黄色い声が漏れていた。
『副会長、如月桜』
「宜しくお願い致します」
「「「うぉおおおおお!お嬢ーーーっ!!」」」
『会計、遊佐真尋』
「よろしくねっ!」
「「「マヒロくーーーーんっ!かわいーー!!!」」」
『書記、橘川晃照』
「よろしくお願いします」
「「「ギャーーーッ!!晃照くん愛してるーーー!!」」」
『庶務、倉沢珠生、並びに真城詩音』
「よろしくお願いします」
「いただきます」
「「「???」」」
それは不幸な事故であったと言えるかもしれない。
歓声に驚いていたのか、慣れない檀上で緊張していたのか。はたまた腹を空かせて白昼夢でも見ていたのだろうか。
庶務の女子―――珠生の方は尋常に挨拶を述べられたのだが、それと同じタイミングで、ついうっかり言葉を間違えた者がいた。
仕方がない。やってしまったものは仕方がないのだ。
だが、当の本人が澄まし顔で佇むばかりである為、暫し講堂は微妙な困惑に包まれる。
これはツッコミ待ちだろうか。
いやはやスルーしてやるのが温情か。
詩音は人形めいた美貌に浮かべた無表情を小動もさせていなかった。
いっそ冷たさすら感じる顔である。
そんな彼の肩に、ぽんと置かれる手があった。
「真城くん、何事にも積極的な気概を持つのは良いことだけど、とりあえず他の挨拶もしておこっか」
186㎝の長身、すっきりと手足の長いモデル体型。柔らかい茅色の髪と優しげな風貌は、文句なしに美男子だ。
そんな橘川晃照にやんわりと指摘されるも、詩音はやはり無表情で彼の方を見つめ返すのみ。
しかし、やがてじわじわとその頬が赤らんでいった。
フイっと顔を背けるようにして正面へ戻し、もう一度口を開く。
「…よろしくお願いします」
若干の混乱に包まれていた会場は、その言葉でまた再始動する。
「「「頑張れーーーー!!!」」」
まるで今の出来事など無かったかのように野次を飛ばす全校生徒たち。頬を赤らめながらも、より一層近づきがたいような雰囲気を漂わせる詩音。
その空気を塗り替えたのは、次の進行の一言だ。
『それでは最後に、圧倒的支持率を得て就任されました、新生徒会長を発表します』
たとえまだ名前を告げられていなかろうが、この場にいる全員がその男を知っていた。
ひとたび意識を向けるだけであっという間に呑み込まれてしまう。
悠々と前へ出る均整の取れた肢体。
額の中央で分けられた濃く繊細な黒髪。
誰よりも高貴で、誰よりも澄んだ光を宿す、闇色の瞳。
声なき熱狂が渦を巻き、講堂内を満たしてゆく。
『―――生徒会長、天方成……さま』
鋼の職務遂行意識を持った進行役ですら、名前を呼ぶだけで頬を赤らめる。
彼は自身に向けられた数多の視線に怯むどころか、不敵に微笑を浮かべたのだった。
それに撃沈する者は男女を問わず、あちこちからう゛っという鈍い悲鳴が聞こえてくる。
「よろしく頼む」
「「「ウォォオオオオオオ!!!天方様ァアアアアア!!!!」」」
「「「キャァアアアアアア!!!天方様ァアアアアア!!!!」」」
爆音が轟いた。
先輩、同輩、後輩、そのいずれもから等しく上がる絶叫。教師にすら生徒へ便乗して雄叫びを上げている者がいる。
その只中にあって、涼しい表情を崩さぬ天方成。
この場にいる全員を虜にしてみせた姿は、いっそ尊大なほど自信に満ちて見えた。檀上から向けられた視線に恍惚とする生徒も少なくない。
生徒会長として学園の看板を背負う男。
きっとその覚悟を心の裡に固めているのだろうと、誰もがときめいていた。
だが―――実のところ、この時彼の脳内を占めていた事柄は覚悟とは少々異なる。
他の何者も知り得ようがないほど明晰と称えられる頭脳には、繰り返し先ほどの庶務と書記の一幕が映し出されていた。
「(……ツンデレ受けの時代が、来た…ッ)」
――――これは、そんなミスターパーフェクト(笑)と彼を取り巻く愉快ななかま達を描いた日常である。
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