やまぬ旋律

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「嬉しい事か……。そうだな。綺麗になった服を見るとやりがいを感じたりもしたし、取引先で飴をくれるおばちゃんは、これは病まない飴だと笑っていた。甘いものを食べていると、幸せを感じるから病まないのだと」  聞こえてくる旋律が、優しくなった気がした。 「そうか。取引先に洗った服を届けることは、魂の洗濯だったんだな」  ―― 見つけた。次の応募先。  曇天の合間から、まるで希望のように光芒が見えた。  私はホッと胸を撫でおろす。  席を立っていつものおじさんを指名し、相談窓口の順番が書かれた紙を受け取る。  暫くするとおじさんが手を挙げて、私の名を呼んだ。  窓口まで行くと、いつも通りの明るい調子で笑顔を向けてくれる。 「この間のはダメだったか。そう落ち込むことはない。あなたが悪いわけじゃない、縁がなかっただけだ。それで、今度はどこにする?」 「ここを」  印刷した求人票を差し出すと、バーコードを読み取って目を通し、簡単に説明してくれる。 「よし、じゃあ次これやってみよう」  そう言って先方に電話をかけてくれ、応募方法の確認をしてくれる。  その後、書類の送付先などを鉛筆で丸を付けながらざっと説明し、いつものように真っ直ぐに優しい目を向けてくれる。 「そんな不安そうな顔をして、ケセラセラ。何とかなる。大丈夫だ。止まない雨はないんだから」 「そうですね。おじさんにそう言って頂けると、ホッとします」  微笑み返し、礼を言って席を立つ。  聞こえてくるショパンの「雨だれ」が、心を洗濯するように癒した。  帰り際、中年男性がいた席の机に目を向けた。  そこには金太郎飴が二つ。男性の姿はない。  もしかしたら、この雨で魂が洗われ、成仏出来たのかもしれなかった。    しかし、残されたのが飴。  お礼のつもりなのかもしれないが、金太郎飴というのは、何だか先へ進まなそうだ。  もらった病まない飴とは、金太郎飴だったのか。  今となってはもう、確かめようがない。 Fin.
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