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「俺たちはほら、ウラが旅商人としてやってたからな」
「そう。たまたまこの国に来て、たまたま出逢ったんな」
母さんは元々旅商人を生業としている一家の生まれで、父さんと出会うまでは家族について様々な地を転々としていたらしい。
2人とも話をしながらその思い出のシーンを頭に浮かび上がらせているのか、足取りがゆっくりになる。
そんな2人が肩をぶつけてしまう人達にペコペコしながらも、立ち止まりそうになるその手を一本ずつ引いて進む。
「あの時いくつだったっけ?俺はメリーザを出てすぐだったような気がするな」
「17かそこらじゃなかったけ?交渉しとぉ父さまの後ろに立って暇しとったら、ふらっとリウンが通りかかったとさあね」
お互いの目をじっと見つめてうっとりと2人だけの世界に入り込みかけている。
仲がいいのは喜ばしいが今は困る。
「うん、それで!?」
こちらから声をかけて話の先を促す。
「ん~確かにびびっ!っち来たけど…俺は出自的にお前みたいにそがん教育とか受けとらんかったけんな。その感覚に焦ってなあ…。逃げた」
「俺はすぐこの人がミラだって分かったんだけどな。まあ逃げる逃げる。
次の日もその次の日も追いかけてやっと捕まえたんだよな」
「俺も逃げたはよかけど、いざ離れたら死にそうに苦しいっちな。こいはまずかなゆうて家族に相談したら、はよソイツば探してこいゆうて放り出されたわ」
その後無事にお互いを見つけ出し今に至る、と。
「母さんの家族はこの国に残ること反対したりしなかったの?」
「んあ~俺も反対されるか思っとったんやけどな、『ミラを見つけた』いうたら一発やった。…お前が思っとる以上に世界での『ミラ』の存在っちのは大きかぞ。下手したら人殺しても許される免罪符になりうる」
「……」
「だからといって焦ることもないけどな。いつか必ず見つかるんだから、その時まで楽しみをとっておけばいい」
いつのまにか数歩前を歩いていた僕に追い付いていた、父さんの手が頭に乗せられる。その重さに不思議な安心感があった。
「うん……ぅぶっ⁉」
「…ああ、ほら。そろそろ王たちのお話の時間みたいだ」
しんみりしていたのに、突然足を止めた前の人に盛大にぶつかった。鼻をさすりつつ驚いて顔をあげると、そこは見慣れた丘の下。
周りを見渡せば、大勢の人たちがそろって丘の上を見上げていた。
立ち並ぶ白壁の建物たちの前に、普段はない大きな台が置いてあり、きっとそこに王族が立つのだろうと分かる。
王の話を聞きに集まったのであろう人々に倣って、僕たちも丘の上を見つめる。
しばらくして白い壁を背に、僕たちとは少し違う服をまとった人物がひとり、ふたりと現れた。
王宮からでは遠すぎるから珍しくここまでやってきた、穏やかな笑みを振りまく王族の姿に、丘の下の群衆のあちこちから歓声が上がる。
(あ…)
先陣を切って現れた第一王子の数歩後から、しかし隠れきれない存在感をもって現れた見慣れた姿。
兄王子が一歩前に出ると、すっと横にずれ、歓声をあげる民たちに向かって微笑みを返した。
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