2人が本棚に入れています
本棚に追加
豊久と豊晴は宿を離れて、犀川を沿って歩き、清川町へと向かった。
金沢の法住坊金剛寺などにも顔が通る一水という俳人から大井蓮也の居所について聞いた。
その後、金沢を出発し、牧童、乙州、有松を通り、小松へ到着し宿を借りた。
八日市の拡がる小六庵廻りを越えて、建聖寺にまでやってきていた。
大井蓮也はそこにいた。
大門を抜けて、建聖寺の境内へと侵入した豊久と豊晴は、本堂の前でたたずむ一人の美剣士を見た。
眉目秀麗な男であった。切れ目の瞳と彫りの深い顔立ち、整った形の鼻や透き通る肌はおよそ痛みや苦労など味わったことなどないと言わんばかりに美しかった。
豊久や豊晴とは何もかもが違った。剣術稽古に明け暮れた人間の鼻や耳は折れ曲がり、肌は内出血で黒ずむのが習わしであった。
「こんな奴におやじ様は」
豊晴が柄を深く握り込んだ。縁金に手がいくぐらい深くであった。
「大井蓮也だな」
豊久は弟の前に出て、大井蓮也へと語り掛けた。
蓮也は微笑む。
「いかにも」
「我らは新田久信が子、新田豊久と新田豊晴になる。お上から頂きし仇討ち御免状はここに。我が一族の無念、ここにて晴らさせてもらうぞ」
「久信の?」
蓮也は眉尻を上げて、それから嘆息した。
「なるほど。情欲の果てとは恐ろしい」
蓮也の挑発に豊晴が動いた。
「はる、やめよ!」
豊久が止めたが遅い。
豊晴は刀を抜き、右切上で蓮也の腰を斬り裂こうとした。
蓮也が豊晴の剣を避けた。豊晴はタイ捨流剣術に流れを汲む葉元流の皆伝を受けていた。並の腕前でかわされることはない。
蓮也は剣を振り、豊晴の右腕を斬った。
「ぐあっ!?」
豊晴が刀を取り落とす。
「その程度で敵討ちとは片腹痛い。父親に似て不細工な剣だ」
蓮也が嘲笑った。豊晴は額に血管を浮き立たせて怒ったが、腕の血は流れ続けていた。
最初のコメントを投稿しよう!