16/18
前へ
/106ページ
次へ
 心配されたくなかったし、罪悪感を持ってほしくなかった。同情もされたくなかった。この人の中で、変わりたくなかった。 「ただ、あなたと喋ってるのが楽しくて、近くにいられることがうれしくて、それだけで……、あなたの世界のことを理解しようとしなかった」  自分の考えの甘さが今回の原因のすべてだと、本心で思っている。だから。 「だから、俺が悪いんです。迷惑かけてごめんなさい」  気遣う視線はひしひしと感じたものの、昂輝は口を挟まなかった。ふっと八瀬の視線が浅海から隣に逸れる。 「坊ちゃん」  浅海がいつも聞いていたものとは違う、低い声だった。 「誰かはわかってます。橋崎です」  名前を聞いたところで、実感も恐怖も湧かなかったけれど、昂輝の顔色が変わったことはわかった。知っている相手だったのだろうか。 「一線を越えたのは、あいつです。始末は俺がつけます。だから、ここにいてください」  短い沈黙の末に昂輝が頷くと、一礼を残し、八瀬は踵を返した。  無音になった玄関で、昂輝の腕から手を離す。そうして、先手を打って頭を下げた。 「ごめん」 「ちょっと、浅海さん」  戸惑いに満ちた呼びかけには応じず、一息に告げる。これも本心だった。 「昂輝にも迷惑かけてごめん。あと、ありがとう」  顔を上げて、いつもの調子でほほえむ。そのはずなのに、昂輝はどこか痛そうな顔をしていて。  笑えていなかったのかもしれないな、と思った。  けれど、取り繕い続けることしかできなかった。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

510人が本棚に入れています
本棚に追加