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心配されたくなかったし、罪悪感を持ってほしくなかった。同情もされたくなかった。この人の中で、変わりたくなかった。
「ただ、あなたと喋ってるのが楽しくて、近くにいられることがうれしくて、それだけで……、あなたの世界のことを理解しようとしなかった」
自分の考えの甘さが今回の原因のすべてだと、本心で思っている。だから。
「だから、俺が悪いんです。迷惑かけてごめんなさい」
気遣う視線はひしひしと感じたものの、昂輝は口を挟まなかった。ふっと八瀬の視線が浅海から隣に逸れる。
「坊ちゃん」
浅海がいつも聞いていたものとは違う、低い声だった。
「誰かはわかってます。橋崎です」
名前を聞いたところで、実感も恐怖も湧かなかったけれど、昂輝の顔色が変わったことはわかった。知っている相手だったのだろうか。
「一線を越えたのは、あいつです。始末は俺がつけます。だから、ここにいてください」
短い沈黙の末に昂輝が頷くと、一礼を残し、八瀬は踵を返した。
無音になった玄関で、昂輝の腕から手を離す。そうして、先手を打って頭を下げた。
「ごめん」
「ちょっと、浅海さん」
戸惑いに満ちた呼びかけには応じず、一息に告げる。これも本心だった。
「昂輝にも迷惑かけてごめん。あと、ありがとう」
顔を上げて、いつもの調子でほほえむ。そのはずなのに、昂輝はどこか痛そうな顔をしていて。
笑えていなかったのかもしれないな、と思った。
けれど、取り繕い続けることしかできなかった。
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