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「終わった話、か」
ぽつりとひとりごちたところで、八瀬の中で、あのアルバイトは終わったことになっているのかもしれないな、と気がついた。
十分にありうる話だった。
良識のある大人の人だから、子どもである自分に罪悪感を持ってくれる可能性はあると思う。ただ、同時に、彼が面倒事を嫌う性質だということも知っていた。
自分の現状は、彼にとって面倒事だろうということも。
――でも、預かってる鍵も返さないと駄目だし。
次々に浮かぶ「でも」に、再度の溜息がもれる。結局、自分はアルバイトに行きたいのだ。いな、あの人に会いに行きたいというほうが正しいのかもしれない。出てしまった結論に、浅海はきゅっと眉を寄せた。
会いたい、でも、拒絶されることが怖い。それが、みっともない本心だった。
――いや、でも、これは絶対言っちゃ駄目だ。
空白のスケジュールを見つめたまま、うん、と小さく頷く。
感情をしまい込むことは、昔から得意だった。だから、きっと、問題なく隠すことはできる。
今の自分にできる最善は、あの人の負担にこれ以上ならないようにすることだ。そのためには、預かっていたものを返して、終わりにしないといけない。あの人も、それを望んでいる。
相手がなにを望んでいるのかを当てることも、得意なつもりだった。だから、きっと、これも当たっている。
ちゃんと会いに行って、終わりにしよう。そう思い切って、スマートフォンから手を離す。
メッセージを送って確認をしたほうがいいことはわかっていたけれど、連絡をすることはできなかった。
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