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あとは盛り付けて並べればいいだけ、というところまで準備を終えてから、浅海は八瀬へと視線を向けた。
パソコンに向かう静かな横顔は、声をかけるのを憚ってしまう雰囲気がある。どうしようかなと悩んでいるうちに、ばちりと目が合った。その瞳がにこりとほほえむ。
「どうかした?」
「あ、いえ」
視線がうるさかったに違いない。おのれの行動を省みながら、そっと問いかける。
だって彼は、いかにもそういった気配に聡そうだ。
「いつでもごはんできますけど。お仕事どうですか?」
「ありがとう、もう準備してくれたんだ。すぐ片づけるね」
「あ……、いや、むしろ邪魔してすみません。お仕事の区切りついてからで、ぜんぜん大丈夫ですけど」
「急ぎの仕事じゃないから。浅海くんが気にするようなことじゃないよ」
あっさりと笑って、八瀬が手にしていた書類を机に戻した。
邪魔をしてしまった申し訳なさはあるのだが、ここで自分が「最後までしてくれ」と言うのは、それこそただのわがままだ。
「でも、浅海くん本当に手際良いんだね。慣れてるんだ」
「家でもやってるので。といっても、うまいかどうかは別問題なんですけど」
「大丈夫、大丈夫」
「だといいんですけど。じゃあ、準備しますね」
切り替えてお玉を手に取ったところで、ふと首を傾げる。
「あの、本当にいまさらなんですけど。俺って一緒に食べてよかったですか?」
「帰るつもりだったの?」
「そういうわけではなかったんですけど。お忙しかったら邪魔かな……、と。すみません、何度も」
急ぎの仕事じゃないからかまわないと言ってもらったばかりだったのに。はっとして謝った浅海を観察するように見つめていた八瀬が、小さく口元を笑ませた。
「浅海くん、気遣ってばかりだと疲れない?」
「……すみません」
「謝れって言ってるわけじゃないよ」
苦笑まじりの優しい声が、言い聞かせるように続く。
「大人に上手に甘えるのも子どもの仕事って言おうと思ったけど、その浅海くんにごはんつくらせてる俺が言う台詞でもないな」
「いや、それは、その……むしろ、させてもらってるので」
「じゃあ、なおさら。それ以外は甘えたらいいよ。というわけだから、気にしなくて大丈夫。そもそもとして、邪魔だったら呼ばないから」
それもまた、この家に来てすぐに言ってもらった言葉だった。
そのときにも、自分は大人だなと思ったのだった。いともあっさりと受け入れやすい言葉を並べてくれる。
――だから、なんだろうな。
そう納得して、浅海は「ありがとうございます」とほほえんだ。
そういう人だから、会いに来てしまったのだろうなとも思いながら。
たぶんそうでなければ、さすがにこんな約束はしなかったのではないかと思うのだ。
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