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「それか、楽しいって」 「いや、……うん、まぁ、そうなのかな」  呆れ半分心配半分の調子に頷きはしたけれど、「楽しい」といっても、変な意味ではないつもりだ。  頭のいい人だから、純粋に話していて楽しいというか。どう言おうかと迷っているうちに、めきっという音が昂輝の手元から生まれた。ドリンクカップが無残にへこんでいる。   「で、どういう取り決めしたの、それ」  自分のものに被害が及んでいないならいいと言わんばかりの一暼を残して、侑平がこちらに向き直った。 「取り決めって……、言っただろ? このあいだごはんつくりに行ったって。そのときにそういう話になって。お金もちゃんと払うからって」 「ちなみに、いくら?」 「週一、五千円」 「五千円。まぁ、拘束時間考えたら、そんなもんか」 「もらいすぎな気もしたんだけど、俺が口出すことでもないし」  払う側が決めることだし、と半ばおのれに言い聞かせるように続けてから、黙ったままのもうひとりを窺う。  今度はプラスチックの蓋をめこめこと潰しているが、無意識らしい。手元ではなくどこか遠いところを睨むようにしている。  その難しい顔に、浅海は自分の珈琲カップをそっと手元に引き寄せた。まだ半分残っている。 「ごめんな? 昂輝にちゃんと伝えてなくて」 「いや、……それもそうなんですけど」  はっとしたように手を止めた昂輝が、ゆっくりと溜息を吐いた。 「あのですね、浅海さん。俺もこんなことは言いたくないんですけど」 「うん、なに?」 「あの人はやくざです。それで、やくざと関わるとろくなことにならないんです。それはたしかです」  周囲のテーブルを気にするようにひそめられた声に、黙って耳を傾ける。 「俺もそうですけど。でも、俺はやくざじゃありません。身内ではありますけどね。でも、一基さんはやくざです」 「うん、そうだな」 「やくざと関わるということは、普通でなくなるということですよ」  昂輝の言葉には、過剰な卑下も悲観もなかった。ただ、自分に誠実に現実を伝えようとしてくれているもの。そうわかった。  なにも言わないだけで、幼馴染みも似たようなことを考えているのだろうということも。  真摯な瞳をじっと見つめてから、浅海は静かにほほえんだ。
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