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「うん。心配してくれてありがとう」
少しの沈黙のあとで、昂輝がまたひとつ溜息を吐く。
少し離れた席から聞こえる高い笑い声が、妙にはっきりと耳に届いた。
「普通でなくなるということは、どうなるかわからないということですよ」
「ありがとう」
「俺、浅海さんのそういうところ、好きですけど、嫌いです」
拗ねたようなそれに思わず笑ってしまった。
「うん、ごめんな」
もう終わりだと判断したのか、「ほら」と侑平が矛を変える。
「佐合はいいかげん勉強しろって。浅海は? おまえこのあと風見さんのところって言ってたよな」
「うん」
実のところまだ時間の余裕はあったのだが、退散の合図と受け取って、残っていた珈琲を侑平の前にスライドさせる。それとプラスして、数学の答案も。
自分がいないほうが、昂輝も侑平に愚痴りやすいだろう。
「じゃあ、その、勉強がんばって。わからないところがあったら電話くれたら教えるし。まぁ、侑平のほうが教えるのうまいと思うけど」
「あ……、はい。行ってらっしゃい」
不承不承といった顔の昂輝に、ごめんなと告げて浅海は席を立った。そのまま外に向かう。
夏の夜は長い。特に夏休みが近づき始めた今の時期は、日が落ちてからも中高生の姿が目立っているのだ。
若者で賑わう大通りを一本逸れて少し進むと、バーなどが多く入る雑居ビルが立ち並ぶようになる。歩き慣れた道を進んで、浅海はそのうちのひとつのドアを開けた。
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