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「こんばんは」
「おー、なんだ、早いな」
カウンターの内側では、風見がグラスを磨いているところだった。まだ彼以外は誰も出勤していないらしい。
風見が店長を任されている「月裏」は、カウンター八席、テーブル三卓のカジュアルバーで、調理補助などの裏方作業が浅海のアルバイト業務だ。
カフェの時間帯は接客を担当することもあるのだが、夜はもっぱら奥に引っ込ませてもらっている。
「うん、ちょっと侑平に追い出されて。向こうはまだ勉強中」
「勉強って、昂輝か。おまえらあいかわらず三人でつるんでんのな」
そう言われてしまうと、どうにもこそばゆい。風見は、家にいるのが嫌で夜遊びを繰り返していた中学生だった当時に知り合ったひとりなのだが、三人そろって本当に世話になったのだ。
当時所属していたチームのOBでもあるので、兄貴分という表現が一番近いかもしれない。
「大丈夫なのか、昂輝。あいつ馬鹿なのに、おまえらと同じ高校行くっつって無理したんだろ?」
「うん。がんばってるよ」
押し付けられた布巾でカウンターを拭きながら、浅海はそう応じた。侑平と話をして落ち着けば、追試対策を再開するだろうと思う。
「昂輝は根がまじめだから。それに、基礎がなかっただけで、馬鹿なわけじゃないと思うし」
「基礎がないって、どうせあいつまともに授業受けてこなかったんだろ」
「小学校入ってすぐの担任が嫌いだったんだって」
「らしすぎる」
くつくつと風見は肩を揺らしている。
「で、そのあとも、あんまりいい先生に出会えなかったみたい」
「それでおまえが勉強見てやったわけだ。本当におまえは頼られたら断らねぇな」
「昂輝からすると、誰かに頼るってすごい変化だから。うれしいよ、頼ってもらえるの」
とは言ったものの、自分より幼馴染みのほうが面倒を見ていたような気もするのだが。
どちらにせよ、ちょうど去年の今頃の昂輝は受験勉強をがんばっていた。それは事実だ。
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