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「あぁ……、あいつ完全に拗らせてたからな。まぁ、多少は同情すっけど」  昔の荒れていた昂輝が思い浮かんだのか、応じる声は苦笑まじりだ。視線を感じた気がして顔を上げると、手持ち無沙汰そうにカウンターに肘をついている風見と目が合った。 「なに」 「いや? おまえがいると、あちこち片づけてくれるから楽でいいわ」  どうりで、グラスを磨いていた音が聞こえなくなっていたわけだ。溜息を吐いてみせてから、浅海は再び手を動かし始めた。 「だって、基本的に人手不足じゃん、ここ」 「あのな。人ひとり雇うのにどんだけコストかかると思ってんだ。ひとりでふたり分働け、頼むから」 「うわ、ブラック」  とは言ったものの、こちらの家庭事情を理解して雇ってくれていることは、ありがたいと素直に思っていた。それでつい、忙しそうなときなどは居残ってしまうのだけれど。  八瀬と出会った夜も、そうだった。けれど、あのときここを出るのがいつもどおりの時間だったら、今の「楽しそう」らしい自分はいないのだ。本当に、縁とは不思議なものだと思う。 「侑平とか昂輝とか、バイトしないかなぁ」 「やだよ。侑平はともかく昂輝は雇いたくねぇ」 「なんで?」 「気ぃ使うからに決まってるだろうが。あいつに気ぃ使いたくねぇ」  矛盾だらけの台詞に、浅海は小さく噴き出した。 「なんだよ」 「ううん。風見さんのそういうところ昂輝好きなんだろうなって思って」 「はい、はい」  またか、というように笑ってから、風見がしみじみと呟いた。 「ま、でも、本当に丸くなったよなぁ、おまえも」 「だといいんだけど」  昔を知っている人にそう評されてしまうと、否定も肯定もしづらいので困ってしまう。  曖昧な笑みで受け流して、モップに持ち替える。ほかのアルバイトが来る前に、モップがけだけ済ませてしまおう。  風見に恩義を感じているということを差し引いても、たぶん自分は貧乏性なのだ。なにもしないでいるより動いているほうが、ずっと落ち着く。
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