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「なぁ、里奈」
「なにー?」
「新しい漫画買ってやろうか? そればっかり読んでるだろ」
「いらない」
思いきりトーンの下がった声に、浅海は言いたかったことを飲み込んだ。そうしてから、優しい兄の声で続ける。
「ごめんな」
地雷だと知っていて口を出したのだから、非は自分にある。
――気にしないようにしないとな。
何度目になるのか知れないことを言い聞かせて、キッチンへと向かう。アルバイトに行く前に、夜の準備だけはしておいてやらないと。
冷蔵庫の中身を確認しながら、浅海は小さく溜息をこぼした。ここなら、妹の視界には入らない。
自分がどうのこうのと言って、強制的に止めさせる権利はないとわかっている。
なにがいいのだろう、とは心の底から疑問に思っているけれど。
自分たちを捨てて出ていった母親が残した少女漫画。妹はどうして飽きることなく読み続けているのだろう。
読み込めば、なにかがわかるとでも思っているのだろうか。
恋愛に現を抜かして家庭を捨てた人間の心理なんて、浅海は、わかりたいと思ったことは一度もない。
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