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「それを聞いたら、ここで放っておけないな。乗っていきな、浅海くん。ほら」
「でも、……」
「早く乗らないと、うしろがつかえるから。ね?」
連なっている車列を指せば、子どもは戸惑った表情を浮かべながらも、助手席のドアに手をかけた。
「すみません。お気遣いをいただいてしまって」
高校生にしてはきれいな言葉使いをする。その点は気に入った。
「気にしなくていいよ。坊ちゃんのお友達なんだから」
関東一円を統括する広域指定暴力団佐合組・会長の愛息子。佐合昂輝。佐合組の分家である八瀬組組長を実父に持つ八瀬とは、十ほど年が離れているが、幼い時分からよく知っている。
少女めいた風貌ながら、人嫌いの毛のある頑固で面倒な気性の持ち主。その面倒な子どもが、あれほど嬉しそうに笑っているところを見たのは、はじめてだった。
「すみません、ありがとうございます。一基さん」
申し訳なさを残しつつも素直に述べられた謝礼に、八瀬は小さく笑み返した。彼を知っている人間が見れば、二度見するだろう滅多とない表情だったのだが、それもこの子どもが知ることはないだろう。
まぁ、いいか。暇つぶしには。
それに。
――あの好き嫌いの激しい坊ちゃんのお気に入り、みたいだから、な。
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