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――あっちのは、その、騙してるみたいで気が引けるっていうか。
まぁ、みたいもなにも、実際ちょっと騙しているわけだが。罪悪感を溜息とともに呑み込んで、コンロの火を止める。
時間を確認すると、ちょうど九時になるところだった。この調子だと、今日も八瀬は帰ってこなさそうだ。
戻ってこなければ適当に帰っていていいと言われているし、そのための合鍵も預かっている。それなのに、もう少しだけ待ってみようかなという考えが消えなかった。
「……先週も会ってないし」
二回続けてなにも言わずに帰るのはちょっと。
呟いてみたものの、言い訳めいていたかもしれない。どうしようかな、と悩んでいるうちに眉間のしわが深くなっていく。
――きっと一基さんなら、こんなことで悩まないんだろうなぁ。
対人関係でもなんでも、スマートに対処するにちがいない。だって、八瀬だ。
自分よりずっと大人で、なんでもできる、頭のいい人で、それで。
――試してみる、か。
そう囁いた彼の、いつもとは違って響いた声を、なぜか思い出してしまった。
忘れよう、と慌ててかぶりを振る。
気にするようなことじゃないし、思い出すようなことじゃない……はずだ。
それに。
「本当にからかっただけ、だったんだろうし」
向こうがなにも気にしていないのに、自分ばかりが気にしているのは、なんだかすごく馬鹿みたいに思えてしまう。
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