499人が本棚に入れています
本棚に追加
/101ページ
「一基さん?」
同じ場所に立ったままだった八瀬が、にこと小さく笑う。
「駅まで送っていってあげようかなと思って」
「え、でも……」
迷惑じゃ。予想外の提案に戸惑っていると、彼はあっさりとこう続けた。
「ちょうどいい酔い覚ましかな。もちろん、浅海くんが嫌だったら後にするけど」
その言い方はちょっとずるい、と思った。そんなふうに言われて、断れるわけがない。だから折れることしかできなかった。
「ありがとう、ございます」
そうして、この人は大人なんだなと改めて実感した。遠慮せずに受け入れることができるよう、柔らかい言葉で誘導してくれる。
――この人の、どこが怖いんだろう。
昂輝が自分を心配してくれているのだということはわかっている。自分よりもずっと彼のこと知っているのだろうともわかっている。
けれど、どうしても、そんなふうには思えなかった。
「嫌じゃないです、ちっとも」
うれしい、とはにかむようにして続ける。本心だった。
酔い覚ましと言ってくれてはいたけれど、八瀬からアルコールのにおいはしなかった。遅い時間に帰ってきた彼に送ってもらうなんて、迷惑もいいところだ。
どちらも理解していたのに、断ることができなかった。迷惑をかけたくないと思っていたはずなのに、彼の手で子どもにされているみたいだった。
はじめてこの家に来たとき、大人に上手に甘えるのも子どもの仕事だと、なんでもない顔で八瀬は言っていた。
そういう意味で、彼にとって自分は子どもでしかないのだろう。年齢を考えてもあたりまえのことだ。うれしくないわけでもない。
それなのに。
自分が大人でないことが少しだけ悔しいような気も、なぜかしてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!