11/14

499人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
「忙しいんだ? バイト」  駅に向かう道を三分の一ほど進んだところで問いかけられて、浅海は曖昧な笑みを浮かべた。 「あ、……忙しい、というか」  そう。シフトが極端に増えているわけではないのだ。ただ、なんというか。思い浮かんだ顔を打ち消して、当たり障りのない返答を選ぶ。 「ちょっと気疲れしてるのかもしれないです。新しい人が来たので」 「あぁ、まぁ、そうかもね。上が変わったら」  夜の空気にぴったりの、静かな声だった。八瀬のマンションは閑静な住宅街の一角にあったから、あまり人と行きかわない。  その静かな道をふたりで歩いているのは、少し変な感じだった。  でも、上が変わったなんて言ったかな。そんな疑問を覚えたものの、まぁ、一基さんだしな、ですぐに納得してしまった。この人の勘が鋭いのは今に始まったことではないし、一を聞いて十を知るを地で行く人なのだと思っている。 「でも、一ヶ月くらいのことなんで。だから、大丈夫です」 「それ、大丈夫じゃなくて、大丈夫って言い聞かせてるって言うんだよ」  浅海の言い方があまりにも言い聞かせているふうだったのか、八瀬が小さく笑った。そうしてから、こう付け加える。 「無理しなくていいからね、こっちは」 「え?」 「あぁ、だから、忙しかったらこっちは休んでいいよ。家のこともしてるって言ってなかったっけ」 「あ、はい。それは、そうなんですけど。もう、慣れてるので。そっちは生活の一部というか」 「主婦みたいなこと言うね」  それを言われると、まぁ、そうかもしれないとしか言いようがないのだけれど。  八瀬の家でのアルバイトをやめたくはなくて、「だから大丈夫です」と言い募る。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

499人が本棚に入れています
本棚に追加